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千のブログ

    気まぐれな写真と気ままな想いを 日々の徒然に書きたいと思います

集中力 

私が中学生の頃でした。
その頃は体の弱かった母ですが、父の仕事の手伝いで、家にはいませんでした。
二つ違いの姉と、下校後は家の手伝いをしました。

学校から帰って、家の手伝いをするのは普通ですが、私たちの頃には、そんな子供はだいぶ少なくなっていました。
勉強をしなさい、友達たちはよく言われていたようですが、私たち4人兄弟はそんなこと言われたことはありません。
勉強をしていたからではありません。

我が家は体の弱い母も働かねばならないほど貧しかったのです。我が家のモットーは
「元気で過ごすこと」「悪いことをしない」だけだったのです。

だから、勉強、宿題は後回しでした。
下校後は姉と、掃除拭き掃除を済ますと、洗濯物を取り込み、たたむ。
洗濯は、洗濯機のないその頃は母は、4時から起きて洗っていました。

洗濯物を片付けたら、市場に晩のおかずの材料の買い出しです。
献立はほとんど姉が決めていました。父親の酒の肴は刺身1船。
そして1個の菓子パンを買い、それを姉と半分こ。これが私たちのおやつでした。

姉が料理を作り、私は風呂焚きをし、姉とその日にあったことを話しながら、料理の手伝いや味見をしていました。

両親が帰ってくると、汗と埃で汚れていましたから、一番にお風呂でした。
それから御飯です。

母は毎日のように、「汚れて、疲れて帰ってきても、すぐお風呂に入れる、御飯を食べれる、
嬉しい、ありがたい」こう言って、私たちの労を労ってくれました。
こんな様子ですから、勉強ができようが、できなかろうが母の笑顔と関係ありませんでした。

前にも書いたと思いますが、試験勉強などしたことがなかった私が、
してみようかという気になって、漢字の書き取りの勉強をしたところ、98点だったのです。
しかもクラス5~60人中3番で、先生にも褒めていただきました。
母もそれは喜んでくれました。

母に喜んでもらって、私でもできるのだ、とそう思いました。
それまでは勉強の出来不出来など関係ないと思っていた母が、こんなに喜んでくれるなんてということです。

勿論勉強をするからと言って、家の手伝いをしないわけにはいきません。
手伝いが優先です。すると勉強を始めるのが7時過ぎからになってしまうのです。
友達たちは4時からしようと思えばできるから、「遅れた!」という思いが強かったのです。

しかも私は夜更かしができないときている。
11時になると決まったように瞼が下りてくる。
勉強可能な時間は4時間。中間期末考査となると、これでは足りないのです。
私は要領が悪いから、どれが重要かどうかなど全くわかりません。
1から10まで覚えるしかありませんでした。

ラッキーだったことは、数学だけはなぜか得意で、学校だけの勉強で足りていましたし、
練習も覚えることも何もありませんでした。数学抜きの教科でしたが。

4時間の間に覚えられることをすべて覚える、これだけでした。
だから机に向かったら、勉強にかかります。すぐ集中しなければなりませんでした。
時間に余裕がないから、追い詰められたのでしょね。

友達の話を聞くと、まず机の上を片付けて、鉛筆を削ったりして集中力を高めていたようです。
私は時間を削られているという追い込まれた立場から、すぐに集中できました。

勉強ができなくても何も言わない母が、いい成績だったらすごく喜んでくれましたから、
それが嬉しくてずっと頑張ったといえます。

でも家庭科の試験で、「寒天1本に水は何合?」というのが出ました。
いくら思い出そうとしても、教科書や、ノートのどこにあったのかわかりませんでした。
結局適当に書いて、やはり不正解。

後で、どこに載っていたか先生に尋ねると、
「どこにも書いていませんよ、常識ですよ」と、言われました。

そんな~!と思いましたが、よく考えてみると、その頃覚えたことはすぐ忘れてしまいました。
漢字位でしょうか、幾らか覚えているのは。
でも寒天を炊くとき、「寒天1本に水2合」
これは今でも「え~と」なんて思いださなくてもいいぐらい記憶に残っています。
勉強って何だろう?って、時々思います。
その本質を知らずにやっていたという感じです。

勉強した内容より、コツコツすることに意義があったのでしょうか?
わかりませんが、時間を追い込まれたことにより、集中力が付いたことだけはありがたかったです。




シジュウガラ
小鳥の中ではおとなしい感じです。
冬はふっくらして可愛い。(羽を膨らませることで、保温をしています)
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山茶花の中のメジロ
山茶花の花の蜜を吸いに集まってきます。
私と同じ甘党のようです。
椿の蜜は吸ったことがあります。山茶花も多分同じような味かと。
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2017/02/13 Mon. 00:05 | trackback: -- | comment: 8edit

[ふ~ふ~」と「もったいない」 

私たちは結婚してから、大阪の北東部、大阪市街地より奈良県に近い生駒山の近くに住んでいました。
長男を身籠って8か月までは共働きをして、退職をしました。
その時一緒に退職したのは女子社員5人中3人で、みんな出産のためだった。

いわゆる長男は第二次ベビーブームの時の子供で、私は終戦後の第一次ベビーブームの生れです。
今にして思えば、私も長男も子供の多いときの生まれで大変な時代でした。この大変はずっと続くと思われますが。

それはさておき、その3人の中では私は2番目の出産でした。先に出産した人からいろいろ話が聞けて心強かったです。
その仲間とは今も年賀状のやり取りがあります。

結構難産でしたが、何とか無事に生まれてくれて、私は初めて専業主婦になって、
家事と子育てオンリーののんびりした日々を送りました。

朝、夫を送り出した後、家事を済ますと、ベビーカーに息子を載せて市場に買い物です。
徒歩で15分ぐらいの距離だったと思います。

市場で買い物をしていて、ふと長男を見ると、何やら黒いものを持っているのです。
何も持たせてなかったはずなのにと、前に回ると、それは「たわし」でした。
私が買い物をしている間、退屈な息子は目につくもの、手の届くものを手にしたにすぎませんが、
なんでたわし!?あとで友達に話したら、もっと高価なもの、美味しいものにしたらよかったのに、
と大笑い、でした。
急いでお店に返しに回ったものでしたが。

何か食べる物をと、買っていたウインナーソーセ-ジを持たせました。
買い物を終えるまで、それを口に入れたりして遊んでいたりしたのですが、帰り道で、
突然強い風に襲われました。
急だったので息子の風除けができなかったのです。急に泣き出した息子。
びっくりしたのか、それとも小石でも飛んできたのかと、前に回って調べてみると、
息子もびっくりして持っていたウインナーソーセ-ジを落として泣いていたようです。

怪我をしたのでなくてよかったとそのまま帰ったのですが、息子は身を乗り出して落とした
ソーセ-ジに手を伸ばして泣いていました。

家に帰るとすぐに母から電話がありました。
息子は母にとって6番目の孫ですが、出産のときはずっと付き添ってくれて、
産後も、私が回復するまで手伝ってくれました。
自分が手をかけたこと、孫の中で一番小さいこともあって、よく電話をくれました。

で、この急な風の話をすると、
「そんなん、泣かせながら帰って来んと、拾ってふ~ふ~して土を取って、
食べさせてやったらよかったのに、可哀想や」
と言うのです。
「そんなん落としたものを、汚いやないの!」
と言うと、
「あんたら~にはそうやって食べさせて育ててきたんや、ちゃんと丈夫で元気に育ってるやないの、
大丈夫や、ほんま可哀想に」

母にはこんなことで息子を泣かせたことが可哀想で仕方なかったようでした。
私たちが幼児の時は終戦後直ぐで、ろくに食べ物がない時代でした。
実家は田舎で、目の前が太平洋、畑もあって、魚や野菜、米など食料にだけは困らなかったようですが、
それでもともかくもったいないと言った時代でした。

そう言えば、職業上でも、一般家庭でも食物を捨てるのにもったいないと思う人も少なくなってきました。
私たちの年代が「もったいない」を知ってる最後の人たちかもしれません。


メジロ三昧です!!!
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2017/02/08 Wed. 00:05 | trackback: -- | comment: 12edit

作りました 

私がよくお伺いするKさんのブログで見ました。

昭和の香りの濃い献立、「大根寿司」

私はお寿司が大好きなんです。
ご馳走と言えば「寿司」なのです。
誕生日や、何かのお祝いには一番先に思いつく献立です。

最近では「握り」が多いですが、お寿司なら何でも好きです。
特にちらし寿司は手軽にできる上、野菜などがいろいろ入るので、栄養価の面から言っても優れもの。

余談ですが、去年弟が用があって、兄弟の家を順番に訪れたようです。
私の育った家もご馳走と言えばお寿司だったわけですから、3番目の私のうちに来た時、
お寿司を見て、あまり嬉しそうな顔をしませんでした。

で、ピンときました。兄の家も姉の家もみんなお寿司で歓待したようだと。
最後の私の家までお寿司だったので、「えっ、また」ということだったのでしょう。

「早く、気づけばよかったね」
と言ったものでしたが、そこは温厚な弟、しっかり食べてくれましたが。

話は元に戻ります。
「大根寿司」具は、大根、里芋、薄揚げだということでした。
で、早速作って食べてみました。

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大根のシャキっとした感じ、里芋の砂糖とは違った甘み、うす揚げのうまみ、美味しかったです。
わたしはそこに、大根葉をさっと湯がいて絞り、みじん切りにして散らしてみました。
大根葉は大根より栄養価が高いといわれるのに、あまり人気がないようですが、
この少しある苦みがうちの家族は大好きなのです。
色もきれいだし。

大根葉はお浸しの、ホウレンソウ、シロナなどの苦みの少ない野菜には少し混ぜ込みます。
ちょっと苦みがある方がうちの家族には受けます。
娘など、大胆に大根葉だけでお浸しを作ります。夫や私は食べますが、これは好き嫌いがあるように思います。

大好きなお寿司のレパートリーが増えて、喜んでいます。

2017/02/04 Sat. 00:05 | trackback: -- | comment: 6edit

いとこ たくさん 

私の両親は大正生まれで、兄弟姉妹は多いです。
父も母も6人ずついます。
父方は兄が2人亡くなっていますが、戦死した次兄には3人の子供がいます。
だから兄弟は4人になっていますが、5所帯の家族がいます。
母方も2人亡くなって4所帯の家族がいます。

父方のいとこは12人、母方は8人、計20人のいとこがいます。
年齢は私から見ると最年長が10歳上、下は8歳違っています。

いとこというのは不思議な存在で、付き合わなければほとんど他人ですが、
親同士が仲がいいと、何かあるごとに集まりますし、しかも年が近い。

私の中では友達以上、兄弟以下というところでしょうか。
個性もいろいろ、年が近い従兄は何かと役に立ってくれます。

今大阪で親しく付き合って居る母方の従妹ですが、彼女が就職で大阪に出てきたとき、
同じように出てきた友達がいました。同じ県出身なのですぐ仲良くなって、一方は伯父さんがいて、
もう一人は伯母さんがいてと、話をするうちに、なんか、その伯父さんと伯母さんは家が近くみたい、
ということで、よくよく聞いてみると、その伯父と伯母は私の両親でした。
こんなこともあるのですね。今は父方の従妹は親元に帰り結婚してお母さんになっています。

集まると色々な話が聞けます。特に兄弟以外の年の近い異性というのは、とても助かります。
異性に自然に慣れるというか、異性の観察ができるというか、ためになりました。
もしこの従兄たちがいなかったら、職場での男性がとても怖かったかもしれません。
今では考えられないかもしれませんが、私たちの時代はまだ異性は遠い人でいたから。


「ルリビタキ、オス」
相変わらずきれいで、人目を引きます。
カメラ仲間の中では断然人気があります。
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「ヤマガラ」
ビービーと賑やかに鳴くので、存在がわかりやすいかわいい鳥です。
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「コゲラ」
キツツキとも言います。
地味ですが、オスはとてもまじめで、子育ても一緒にするとか。
ずっと一匹のメスと一緒に暮らすとか、確かそう聞いたような。
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寒いので羽を膨らませています。
コロコロして何とも可愛い。
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野良猫ちゃんです。
散歩道の上から私たちを見ています。
前に飼っていた猫「みっち」と毛並みが似ています。
鳴き方もかわいいです。
この猫にはなぜか甘くなってしまいます。
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2017/01/31 Tue. 00:05 | trackback: -- | comment: 8edit

どっちが好き? 

私が中学生だった頃のことです。
父は父の弟と仕事で一緒になることも多く、揃ってお酒大好きなので、
叔父はよく家へやってきては父と飲んでいました。

叔父は赤ん坊の頃、実母の末弟に養子に出されました。
父の長兄は夭逝、次兄は戦死、で、叔父はi家にとって4人目の男子なのですが、
私が生まれた頃には父の兄弟は叔父しかいませんでした。
叔父が生まれた頃には男子が3人いたので、子供のいなかった祖母の弟に望まれて
養子にいったようです。

でも父とは仲が良くて、私たちも叔父の子供たち、女の子3人とも仲良しでした。

ある日、叔父がやってきて、いつものように父と飲み始めました。
私と姉もいたところで叔父が話すには、叔父の2番目の娘、小学校高学年だったY子ちゃんにこう言ったそうです。
「お父さんとお母さんとどっちが好き?」

叔父にしてみれば、自分の方が好きと言ってもらいたかっただろうとは思いますが、
この質問はないわなと私は思ったものです。

この時Y子ちゃんはテーブルに置いてあったお饅頭を半分に割って、
「このお饅頭はどっちがおいしい?」
と、叔父に問い返したのです。
叔父はびっくりして、Y子ちゃんとお饅頭を見比べて、答えられなかったそうです。
そしたら、Y子ちゃん、 
「お父さんとお母さんは二人でこのお饅頭一個と同じなの。どっちが好きなんて答えられません」
と、言ったそうな。

やったね、Y子ちゃん!その通り!
叔父は頭を搔きながら、それでもとても嬉しそうでした。

このY子ちゃんに会うのは、大阪に出てきた私はお葬式の時ぐらいになりました。

仲良しの父と叔父は、16年前、父の死後9日後、それこそ後を追うように黄泉に旅立ちました。
今頃は二人で、止める妻はまだ現世ですから、好きなだけ飲み明かしているだろうなと、思っています。


今回は小鳥の女の子。
小鳥はなぜか、女の子の方が男の子より地味です。
男の子は派手で、思いっきり目立ちます。
でも女の子の顔はそれはそれは可愛いです。

まずは「ルリビタキの女の子」
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次は「ジョウビタキの女の子」
オスには今年出会っていません。
大阪城にはよくいるのですが、最近は大阪城まで行くのが億劫になってしまいました。
オスは頭がグレーで、ちょっと男前の君です。
女の子はやはりかわいいです。

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2017/01/26 Thu. 00:05 | trackback: -- | comment: 8edit