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お千のブログ

気ままでお気楽な写真と徒然の想いを綴っています。暇を見つけた時は時代小説を書いています。

病人が動く 

退院して2週間近く経ちましたが、今私ができることは、動かない壁や家具を支えに、空いた片手に軽いものを持って移動できること。
畳の部屋で、調子が良ければ、なんの支えもなく5~6歩程度歩けます。

外を歩くときは、屋内と同じで、塀や壁に支えてもらえば、片手に2~3キロぐらいのものを持って歩くことができます。
でも軽い掃除機だけでも、両手で持つとふらついて、とても怖いです。
幸い炊事だけは、流しに体を預けることができるので、両手が空きます。
少しぐらいなら食器を洗ったり、簡単な料理はできます。

胃潰瘍入院から帰ってきたばかりの夫は、貧血状態。今までの血液量の3分の1が失われています。

娘は仕事と主婦、病人の世話、病院への見舞い、夫や私の病院への送り迎え、で、多忙を極め、目下、
風邪引き状態。もしかしたらインフルかもしれないと、幼児子供にかかわる仕事は、臨時休業を申し入れ、
病院に行きましたが、インフルではなかったと、ホッとしています。

で、一昨日の夕方、風呂場を洗うと、ズボンの裾をまくり上げてる夫。
「まだ無理やで~」
「ほんなら、あんたができるんか?」
固いコルセットで体を締め付けてるし、私は体を折り曲げられません。ねじることも禁止されています。
滑って尻もちをつくこともダメなのです。
自分の部屋で、疲れ果てて休息をしている娘を起こすこともできません。

結局、一番重症と思える病人が動くことになりました。

家事は誰の役目ということはなくなり、その時動けるものが、できる範囲でする、
ような体制になって、

病人が動いています。

今、一番軽い症状が私ですが、 動ける体勢が限られています。
誰が具合が悪くなってもいつでも動ける人が一人いた。それが私だったのに、
未だに、動けない自分がピンときません。 

2本の足と二本の杖、その4本が、みんな動くし安定しないのも怖いものです。
どの一本が機能しなくなっても、歩けないし、立っていられない。

我が家の3人の、体力状況が、ちょうどそんな状態です。 

それでもお腹は空くし、部屋は散らかってくる。
食材はすぐになくなって、何を食べよう状態。

なんとかなる、なんとかできる、みたいなのんきな私。
動くのはほとんど私ではないのに。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
2018/02/04 Sun. 00:00 | trackback: -- | comment: 13edit

ご無沙汰いたしました  

大変ご無沙汰いたしました。

長い間お休みさせていただいたのに、沢山の方々にお気遣いを頂きまして
本当にありがとうございました。

最初はこんなに長い間このブログをお休みするなどとは思ってもいませんでした。
年末、年明けと、家の用事が立て込んできそうでしたし、体力の低下でしょうか、
両方をこなすのは無理なように思われて、少しの間家事の方に専念しようかと思ったわけですが。

まさか、このような展開になろうとは。
詳しいことは夫(サポートしてもらっている自称やどろく)の報告の通りです。
足の悪いのはありましたが、何とか家事をこなし、ミニバイクにも乗って、買い物もできていました。

が、突然の急展開、自称健康を誇っていました私が、緊急入院、手術と、怒涛のような
年末年始を過ごすことになりました。
こんな年末年始は初めてです。

まだこの波は続いています。

私はまだ両手に杖がないと動けない状態ですし、ハードなコルセットを付けたまま過ごしています。
右足の脛から下がマヒ状態で、腰椎のこの部位の中枢神経が非常に痛められていて、
回復するかどうか(程度)はかなりの時間経過後でないと判断できないようです。
急ぐとこの右足のせいで、転びますし、すでに3回ほど転びましたが、幸いなことに前に倒れたので、
コルセットで固定中の脊椎へのダメージはほとんどなかったように思います。
次回レントゲンを撮らないと確実ではありませんが・・・。


退院して1週間後、夜中の2時に夫が胃潰瘍で、吐血、下血しました。
若かったときには何度かありましたが、最近は落ち着いていましたし、今は私がこんな状態で、
どうしようかと、目の前が真っ暗になりました。
救急車は少しのことでは来てくれないと聞いていましたし、知ってる限りの夜間救急病院に電話しました。

ある病院で、「個人で探すより救急車を呼んだ方が早いよ」と、言われました。
「この程度では救急車は来てくれないでしょう」と言うと、
「絶対、来てくれます!」と、言い切ってくれました。

その通りでした。対応の速さには感謝でいっぱいです。
でも、応急処置できる病院では、ベットが開いてなかったし、
ベットが開いてる病院では処置できる医者がいなかったりで、
結局、処置だけしてもらって、入院は別の病院でということで話は決まりました。

そこからはやっと一息つくことができましたが。

10年前の腸閉塞の時とは処置は全然違いました。
10年前は原因や状態がつかみきれずに確か術前術後あわせて3か月ぐらい点滴だけの生活でしたが、
内視鏡検査で胃の出血が止まったという確認の一日後から、食事が始まりました。
もう本当にびっくりです。
そして5日の入院で退院。

早いのはありがたいけど、本当に大丈夫なの?みたいな気持ちは今も続いています。


今は普通の生活が続いていますが、私の入院から夫の退院まで、家の主婦業と、病院への送り迎え、
病室での滞在と、自分の仕事、総てをこなしてくれていた娘が、不調です
疲れが出たのでしょう。


そんなこんなで、

どこまで再開できるかわかりませんが、
このご挨拶を、第一回目のブログ開始とさせていただきます。

これまで同様よろしくお願い申し上げます。

2018/02/01 Thu. 00:00 | trackback: -- | comment: 16edit

お千が退院しました 

「千のブログ」補佐役のやどろくでございます。

おかげさまで、昨日の1月15日(月) にお千が無事に退院することができました。
お気遣いいただきましたご訪問の皆さまには心より御礼申し上げます。

思えば年の瀬のなんだかざわついた中で、かかりつけ医さんが手術適応と判断されたら説明後、すぐさま私どもも納得する手術病院へ電話で予約を入れてくれました。数日後の初診日にすべての検査をしていただきまして、2日後に入院し、そのあくる日には手術でした。圧迫を受け続けている脊柱管(脊髄)狭窄箇所のダメージを少しでも早く取り除くように手術準備をすすめていただいたのだと思います。(圧迫が長引くほどダメージが大きくて痛めた中枢神経の再生はきわめて難しいようです)

家内の手術は「第4腰椎前方すべり症」の手術で、後方椎体間固定術というもののようです。脊柱管を狭窄させている腰椎の椎弓切除により除圧。第4腰椎と第五腰椎の間にある椎間板を取り除き、代わりにケージを挿入。第4腰椎と第五腰椎それぞれにスクリューを2本ずつネジこんでロットを第4腰椎と第五腰椎に繋ぐようにナットで絞めて上下2つの腰椎を固定する手術です。

後で執刀医の先生に伺ったところ、お千の問題の箇所は第4腰椎と第五腰椎のずれと動き以外に炎症・癒着・ヘルニア等々・・・。そんな状態にある神経を横によけながらですから手術は大変だったようです。右足首マヒの足下垂の傾向は残るかもしれませんがそれは手術をするまでに腰椎すべり症により脊髄が受けたダメージによるものです。

実際は開いてみると悪条件だった手術ゆえに執刀は細心の注意をしながら時間をかけてくださいました。(悪条件でも神経を傷つけてしまったりできません)ゆえに、高度な手技による手術で最悪の膀胱直腸障害や下半身マヒは免れたと・・・ホッとしている次第でございます。

かかりつけ医さんももちろんそうですが、執刀していただいた先生はかなり「優秀な整形外科医」さんと巷の噂に聞いていました。お千は良い医師さんに恵まれました。ほんとうに感謝しております!!

お千が一番に安堵している事と思いますが、手術がうまくいって自宅に帰ってきましたものの、まだ自分の事をするのもままならない状態です。とにかく動きがスローモーション。筋力が低下しているのと手術後の動きの制限で元に戻るまでにはまだかなりの日にちがかかりそうです。ブログのほうもなかなか出来ないと思いますが、何卒ご容赦くださいませ。
2018/01/16 Tue. 16:00 | trackback: -- | comment: -- | edit

お千はもうすぐ退院 

「千のブログ」補佐役のやどろくでございます。

お千の状況でございますが、どうやら 1月15日(月) に何事も無ければ退院出来そうです。程度が全く不明ながら術前に脊柱管の狭窄している部分の中枢神経がダメージを受けています。その影響による運動麻痺は手術をしても基本的に回復が難しくて右足の足下垂という状態は残りそうです。ゆえに歩く際に足首を上げるための補助をしてくれる装具をすでに発注済でございます。

(けれど術後僅かながらも足首の動く気配がみられますので少しは良い方に向かう気もしています・・・)

手術は、開けてみたら炎症や癒着やヘルニアの併発で時間も長くなったし難しかったと思われるのですが、優秀な医師のお蔭でうまくいったようで・・・ただただ感謝しています。

背骨の一部とはいえ骨(椎弓)を削り取ったりネジ4本で椎体の上下を固定したり・・・。まぁ手術としては厳しい手術には違いないわけで、術後は安静。暫くして軽いリハビリからですのでめっきり体力・筋力が低下しています。日常生活に戻りましたらちょっとづつ体力が戻ってくるとは思いますが・・・。

3か月間はプラスチック製のハードなコルセットをつけたままです。4番と5番の腰椎がキッチリ固定するのは半年ぐらいかかるのではないかと思っています。

さて、「お千」のブログ再開は退院しましても当分は難しいと思われますが日にちが薬でしょうか・・・。その際には、またよろしくお願い申し上げます。
2018/01/13 Sat. 12:05 | trackback: -- | comment: -- | edit

只今入院闘病中 その2 

当ブログ補佐役のやどろくでございます。

年末28日に行いましたお千の腰部脊柱管狭窄症手術は、
背中側から切開する「後方椎体間固定術(PLIF)」というものです。

(ネットでは正しくない情報も飛び交っているのでなにかと慎重な見極めが必要ですが・・・)
もし術中に脊髄神経を強く損傷したり切断したりしますと、
痛みやしびれがずっと残ったり、下半身マヒになってしまうようです。
これが最も怖い話で、その割合は2.8%と、
数字の根拠は未確認ですが、たまたま見たブログに書いてありました。

家内の場合は間欠性跛行を手術しないでなんとかと考えていたのですが、
膀胱直腸障害の兆のようかものが感じられたので手術に踏み切ったのです。
それに右の足首・足の裏もマヒしていたのです。我慢する性格はこんな時には弊害になりますね。

かかりつけクリニックの医師さんの話でも執刀医さんの話でも、
「手術をしたからといって、治るとは思わないでほしい」 ということでした。
ま、家内の腰椎すべり症とヘルニアとによる圧迫でとことん痛めきった中枢神経は
元には戻らない(ほとんど再生能力が無い)という事だと理解しています。

さて、いまのところ手術による大きなリスクは表面化しておりませんし、結果は上々。
只、術前の右足首つま先側が上に曲げれないのと足の裏の感覚マヒとの症状が続いています。

末梢神経と比べて中枢神経はほとんど再生能力が無いので、
もうちょっと早く手術をしていればと悔やまれますが、
逆にもっと酷くならない間に悪化を防げる事ができて良かったとも言えます。

ゆっくりとでも良くなってくれれば嬉しいのですけど、
中枢神経がどれ位のダメージを受けたのかこれはわかりませんね。

4日(木)は術後のレントゲンと血液検査がありました。
執刀医さんの説明は家内しか聞けなかったのですが、
どちらも「良好」ということでして執刀医さんは上機嫌だったようです。

2018/01/05 Fri. 00:05 | trackback: -- | comment: -- | edit