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千のブログ

    気まぐれな写真と気ままな想いを 日々の徒然に書きたいと思います

用心棒 

父と私は映画好きだ。
特に時代劇が好き。

テレビのない時代は映画館で、テレビの登場で、時代劇番組はほとんど見ていたように思う。
20歳ぐらいの時、「オールナイト」と言ったと思う、夜遅くまで映画館が
興行していた。
それに見たい時代劇があった。

昭和40年前半の夜遅くと言えば、今と違って危ない人たちが多かった。

現代はというと、数年前に電車の最終便を見て驚いた。
朝のラッシュのように、すし詰めの人が電車の吊革にぶら下がって揺れに任せて踏切を通過していったから。

私が若い頃、残業で最終便に乗ったことがある。
ガラガラの車内に座っている人は、残業に疲れ果てて居眠りをしている中年。
酔っぱらい、危なそうな小父さんたちで、女性はいなかった。

やばいと思って体を小さくして、誰からも声をかけられないうちに早く駅に着くことを願っていた。

だから、若いときの夜の外出はためらわれた。でもオールナイトの映画は見たい。

そこで思いついたのが用心棒。
時代劇大好きな父親を誘った。
働いていた私は生意気にも、
「お父さん映画に行こう、私がおごるから」
と言って。
父親はすぐにオッケーした。

多分映画を見たいより、私のことが心配だっただろうと、今ならわかる。
それと、我が家の女性、母と姉は父が煙たいみたいだった。
父の話は飛ぶ。ついて行くのが大変だ。でも私と父は思考パターンが似ている。
話がなんでここからそっちに飛んだのか、わかるし、飛んだキーになる言葉もわかった。
この言葉が出てきたから、こっちに話が飛んだんだと。

父は話をしながら晩酌をした。だから時間が長い、母は疲れているから早く片付けて寝たいのだ、それがあるから
受け応えが雑になって父が不機嫌になる。
母が可哀想だし、父の話は結構面白いから、私が間に入る。

母は片付けをしながら、翌日の支度などをしている。
父は昔の話、子供の頃のこと、若い頃や戦争のことなども話してくれた。話が飛んでもついていける。
で、自然に父は私に甘くなる。

だからこんな映画館への用心棒など、頼みやすいのだ。

考えてみればこんな頼もしい用心棒はいない。体力の無いボーイフレンドなんかはとてもじゃないけど
役に立たない。危ない人たちが出てきたら、彼女を置き去りに逃げかねない。
刃向ってくれても多分勝てない。

でも父親は違う。絶対娘を置いて逃げたりはしない。
だから危ない人たちも、父親が連れている娘には手を出さない、とそう思う。

父は病気の父(私の祖父)の代わりに5歳から祖父の漁仲間の船に乗って太平洋に漁に出た。
生活が成り立たない父の一家を思いやって、祖父の仲間がそうしてくれたのだと思う。
8歳ぐらいの時には一人前の海の男になっていたという。腕っぷしが強かった。
喧嘩も相撲も強かった。戦争も2年ほど危ない第一線にいたという。
度胸もある。

こんな父と一緒に、私は夜の繁華街に出た。
一人では見ることができない、ネオンの華やかな夜の街風景だった。

こんな父は、私の大阪行を、止めてくれた。
実家に留まっていた方がよかったかどうかはわからない、どちらか一方しか生きられないから。
父は16年前に旅立った。
父のためには近くにいてやった方がよかったと、今思う。


ジョウビタキ メス
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アオジ
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シロハラ
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ヤマガラ
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ルリビタキ メス
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モズ
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2017/02/19 Sun. 16:28 | trackback: -- | comment: 10edit