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千のブログ

気まぐれな写真と気ままな想いを 日々の徒然に書きたいと思います

待っている猫   6-5 


      待っている猫         
                                  6 - 5 


 そしてみっちとばぶと暮らしていて困ったことはもうひとつあった。みっちとばぶが逃走することだ。
いつも二匹の猫は家の中に閉じ込めている。
 冬の間は家の中から鍵をかけていたが、暖かくなると、昼間は一部のガラス戸を網戸にしている。
網戸には鍵がないから、みっちが網につめを引っ掛けて上手に開けるのだ。
 そしたら飛び出すのはみっちよりばぶのほうが早い。ばぶはみっちと違い長く野良をしているから、
外には慣れている。慣れていないみっちが土の上をおっかなびっくり歩いたのは最初の1~2回だ
けだ。あとはばぶと同じく外の開放された空間がたまらなく嬉しいようだった。

 外に出たら猫たちの足の早いこと、一目散に駆け出して、すぐに見えなくなる。追っかけてもむだだ
った。
 「もう、早いんだから」
  ゆいちゃんは怒るけど、すぐに心配になる。へんなものを食べないかな、交通事故にあわないか
なと。
 「おなかがすいたら帰ってくるわよ」
お母さんはそう言うけど、ゆいちゃんは心配でしかたがない。

 でもお母さんの言ったとおり、おなかがすいた頃に、裏庭でうろうろし始める。帰ってきたようだ、ゆ
いちゃんはほっとしたけど、あわてて飛び出したら、また逃げてしまいそうだ。そっと戸を開けて、ゆっ
くりゆっくり近づいた。さっと首をつかんだら、もうこっちのもの。毛には泥や枯れ草やほこりがついて
いる。
 こんなに汚れていたら、家の中に入れられない。そのまま風呂場行きだ。二匹いっぺんに捕まえたら、
まず二匹とも風呂場に入れておいて、一匹ずつ洗う。このための猫シャンプーも買ってある。
 犬はシャンプーを喜ぶようだけど、猫は好きではないようだ。いやがって逃げ回るけど、そうはさせない。
逃走の罰ゲームだ。洗っているこっちだってしんどいのだからと。

 みっちは軽いので洗うのは楽だが、鳴き声がなんともやかましい。ばぶはあまり鳴かないがどっしりと重
く、後じさりするのを手前に引き寄せるのに疲れる。どっちもどっちだと、ゆいちゃんはため息をつく。
 シャンプーが終わったら、今度は乾かさないといけない。ドライヤーを使うと早く乾くのだが、音が
大きいから怖がって逃げまわる。
 仕方がないので、タオルドライになる。

 こんなにドライヤーの音を嫌う二匹だが、抜け毛を取り除くときに、掃除機の先をハケに付け替えて
吸い取るのは、気持ちよさそうにじっとしている。音の大きさは変わらないのに、わけがわからないと、
ゆいちゃんは頬をふくらます。

 外に出た二匹が何をしているかわからないのだが、お母さんが一度見かけたことがある。
 お向かいの塀の上で、みっちとのら猫が向き合ってけわしい顔をしてにらみ合っていた。
 ゆいちゃんが友達から聞いたことのある《なわばり争い》というやつだ。ウーとうなり声を上げて相
手を威嚇している。お互いに少しずつ距離を縮めていたが、そのうちにのら猫の方が後ろに下がり
だした。相手を強いと感じた方が逃げる態勢になる。ある程度の距離があいたところで、のら猫が向
きを変えると、すごいスピードで逃げ去った。
 みっちはのら猫が逃げ去った方を確認するように見てから、向きを変えた。

 「みっちは、それは強かったのよ」
 お母さんは、ゆいちゃんが運動会の徒競走で一等を取ったときのように、得意げな顔で、みんな
に報告をした。
 みっちだから納得だけど、ばぶだったらこうはいかないだろう、みんなが思ったことが少し後で実
際に起きた。やはり二匹で逃走していたときだった。

 裏庭で、ばぶの鳴き声を聞いたお母さんが覗きに行くと、庭の横の小さな溝に、のら猫に追いつめ
られたばぶが降参スタイルで、つまりおなかを見せて落ち込んでいたのだった。その上から今にもの
ら猫がばぶにおそいかかろうとしていた。
 「こらー」
 庭に飛び降りたお母さんは、そこにあったほうきでのら猫をはらいのけた。
 逃げ足の速いのら猫は、追いかけるお母さんを引きはなして逃げ去った。あっという間のできごとだ
った。ほうきを手に表の通りまで出て、お母さんは追いかけるのを諦めた。
 
 その日の夕方、お母さんは帰ってきたゆいちゃんに事のあらましを伝えた。
「みっともないから、猫のけんかに、親がほうきなんか持って飛び出さないでよ」
 ゆいちゃんは笑いながらそう言って、ばぶを見た。 
「もう、あんたは弱虫だから」
 口ではそう言いながら、ばぶの頭をなでた。
 お母さんは、もしゆいちゃんがその場にいたら、ぜったい同じことをしているわ、と、そう思った。

 ゆいちゃんが短大生になったとき、みっちが病気になった。じゅう医さんに見てもらったら、腎臓が
悪いのだそうだ。みっちは何も食べない、時々水を飲むだけだ。
 ゆいちゃんはお兄ちゃんの運転する車で何度も獣医さんのところに行った。
「点滴をしましょう」
 可哀想にみっちの背中に針が刺しこまれた。これだけでも可哀想なのに、
「点滴にはすべての栄養が入っているわけではありません。だから少しでもご飯を食べてもらわない
と」
 先生はそう言うのです。けれど、みっちはまったくご飯を食べてくれません。

 ゆいちゃんは毎日毎日、猫バックにみっちを入れて、お兄ちゃんと獣医さんのところに通いました。
お兄ちゃんも仕事が忙しいので、そのときはお母さんと行くことになりましたが。
 病院に行こうとすると、痛い注射をされるのがわかっているので、みっちはなかなかバックに入りま
せん。無理に押し込んでも、くるっと向きを変えて出て来るのです。
 するとゆいちゃんは自分の着ていたティシャツを脱ぐと、顔や腕をぬぐい、匂いをつけて、それを猫
バックの下にしきました。そこにみっちを押し込むと、クンクンと慣れ親しんだ匂いを探すようにしてい
るうちに、入り口を閉めるのです。
 なるほどと、そばで見ていたお母さんは感心していました。みっちを早く元気にしたいゆいちゃんの
気持ちの表れです。

 病院から帰ってくると、玄関でばぶが一人ぼっちで待っています。きちんと両手をついて、ちょっと首
をかしげた心配そうな顔をしています。
 帰ってきたみっちに喜んですり寄っていくけれど、みっちはしんどそうにその場にすわりこんでしまう
ので、ばぶは叱られた子のようにしょんぼりして、みっちを待っているときの姿でようすをうかがってい
ます。
 来る日も来る日もみっちを病院に連れてゆき、玄関で待っているばぶの前で、バックから出してやる、
そんな日が続きました。
  どんなにがんばって病院に連れて行ってもやはりみっちはご飯を食べません。

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2015/09/30 Wed. 18:18 | trackback: -- | comment: 4edit