12 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 02

千のブログ

気ままでお気楽な写真と徒然の想いを綴っています。暇を見つけた時は時代小説を書いています。

頼れるもの 

私の人生も終盤にさしかかりました。
思い返してみると、今、自分が誠に頼りない。

したいと思ったこと、しなくてはと思ったことが、少ししかできていない。
ここへきて、体力、知力、気力ともにおぼつかない。
その内の何が、今からできるのだろう。

これからの人生、路頭に迷うところまでひどくはないが、
そういうところも少しはある。

若い頃、ほとんどの人は幸せな結婚に憧れた。
3高、高収入、高学歴、高身長だったか、そんな言葉も目にし、耳にもした。
ババ抜き、カー付、昼寝付だったか、はっきり覚えていないが。
楽で、生活の心配のない結婚、がよく話題になっていたような。

母は違った。

経済力や夫など、そんなものあてにならない。
お金などの財産は失う危険性があるものだ。
夫も、性格のいいのはもちろんだが、長い病気をするかもしれない、
不幸にして事故や病気で、死んでしまうかもしれない。

小さい子どもを抱えて、そんなことになったら、それこそ路頭に迷う。
だから自分に経済力をつけておけ、と。

今にして思えば、母の教えは大筋において正解だった。
ただ、母の勧めてくれた生活力は、適齢期になっても辞めなくていい、
公務員だった。

公務員は、その土地でずっと暮らしていくならばそれで正解だ。
しかし、なにかの事情で、通勤できないところに行かねばならなくなったら、それで終わりだ。

だから自分に、資格などを付ける、ことではなかったか。
どこに行っても、パートでも、最低賃金で働かなくていい。
子供の一人や二人、贅沢をしなければ養うことができる。

若いころは、主婦業は向いてなくても、そんな資格を取る力ならあった。
なのに、何も考えずにぼーっと生きてきた結果が今だ。

「たら」「れば」はないのだから、
今の自分でできることをして生きていかねばならない。
今からの自分に、「頼れる何か」が、残っているのだろうか。
70年近く生きてきた経験以外の、何かが。
また、その経験のうちで、何かが。

D71_0364.jpg
実際にはグロテスクな蜘蛛も巣も、雨上りには光線の影響で、アートにさえなる。


D71_0397.jpg
ハゼの実をくわえたルリビタキ。
綺麗な小鳥です。手前の枝が邪魔で、おまけにピンボケ。
写すときにこれが計算できなければならないようだ。
まだまだまともな写真には遠い。


D71_0410.jpg
飛び立ったメジロ。
連写をするようになって、普通には取れない写真もカメラに収まるようになった。
カメラの技術はすごい。私などにはなかなか使いこなせない。
その道を深めると、凄いことができるような。


D71_0481.jpg
シジュウガラ。地味な鳥ですが、エナガやメジロ、ヤマガラなどの混類の中でよく見かけます。
弱い者同士、自然界の中、群れで助け合って生きています。


D71_0505.jpg
仲良しのメジロですが、左側がほとんど写っていない。
二匹とも顔が見えるといいのですが。



人生とはこんなものかもしれない。
苦労をして努力をして何かをなしえた人ばかりではないでしょう。
大なり小なり苦労や悲しみを捨て去れないまま、老いの坂を上っている。

小さいことでも何かができればいい。
自分だけが気付く何かでいい。
まだ動けるのだから、余命宣告も受けてないし、家族もいる。
友達もいる、あと少ししか働けないけど、仕事もある。

先日テレビで見たおばあさん。
100歳だけど、孫や、ひ孫が来るからと、
沢山の料理を作っていた。
いいなあ、って思うけど、そうなるには人知れず、苦労や努力があっただろうなと、思う。





スポンサーサイト
2015/01/29 Thu. 17:16 | trackback: -- | comment: 6edit