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千のブログ

気ままでお気楽な写真と徒然の想いを綴っています。暇を見つけた時は時代小説を書いています。

能登路へと  3 

     能登路   その③

駅前で、レターカーを借りようと思ったのですが、すべて出払っていました。
仕方なくその日は向かいの能登島までタクシーで行くか、ということになりましたが、
先に翌日のレタカーの予約をと言うと、「車,何でもよかったら」ということで。

いったいどんな車なのか、と引きましたが、結局普通の車でただ喫煙車ということでした。
そしてその車だったら、今からでも乗っていただけますと。
おお、ラッキー!
タバコを吸う人もいないし、多少たばこの臭いがするぐらいだったら我慢しようと思いましたが、
結果的には何も害がなく、快適なドライブができました。

そしてナビで、能登金剛、巌門。
日本海の荒波によって、浸食された迫力のある海岸線。
海水は蒼い~~。
遊覧船が出ていたので早速乗り込む。
昨日は荒れていたけど、今日は波がないよ~と案内されて乗り込みましたが、結構揺れました。
昨日はどんなだったか?

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遊覧船より。やはり海の色が濃い

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次に向かったところは、ヤセの断崖。
これが日本海の海岸だ、と思わせる断崖絶壁。
断崖から身を乗り出して、崖下を覗くと、身がやせる思いがするところからこの名前が付いたとか。

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私、痩せなかった

でも日本海の厳しい海岸線には堪能しました。
他にも回ってみたいところもありましたが、年寄ばかりの旅なので、無理をせず
そこから宿の名倉温泉に帰ることにしました。

宿は昔からの古い温泉で、泊り客も10組ほどの小さい旅館でしたが、温泉かけ流しが気に入ってここにしました。
かけ流しはよかったのですが、温泉が熱い。熱過ぎ。
夫も姉も文句たらたらでしたが、私は平気でした。

よくわかりませんが、私はぬるいお風呂が好きなのですが、この季節気温が下がってきたころから、
熱いお湯が好みになっていまして、丁度の湯加減でした、大きな声では言えませんが。

夕食は新鮮な魚や焼き物酢の物色々あってよかったのですが、この日、満室なのに、中居さんが一人休んだとかで、
他の中居さんがてんてこまい。
御飯が来ない、鍋の火を付けに来ないと、ちょっと、どうよ~という感じでいたが、料理は多くておいしかった。

いいですねえ、上げ膳据え膳、しかもおいしい、魚あり!私魚大好き、姉は肉がだめなので、
この料理は気に入ってくれました。


翌日は名倉温泉のちょうど前に位置する能登島見学。

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能登半島と能登島を結ぶ橋は「能登島大橋」と、「ツインブリッジ能登」の二つだけ。

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ツインブリッジ

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能登島大橋  車で通過した時も見晴らし良好
気持ちのいい橋でした

能登島大橋が最近作られた橋だそうで、遠くから見ても、通ってもなかなかの眺めでした。
レタカーで、海岸線を見て回りましたが、海水浴場やキャンプ場がいくつもあって、
夏にはいいところのようです。
11月でしたから、遠浅の海も、浜辺も遠くからでしたが、やはり日本海の海色でした。

能登ガラス美術館、能登島水族館はパスして、その近くの「道の駅能登島」で、
名物の試食買い物を楽しんで、午前中で、観光は終わり。

午後は帰り支度。
帰りの切符は、姉が乗ったことがない、米原からの新幹線をメインにしていたから、
待ち時間があまりにも多い。また駅で、早く帰れる方法に変更して、帰途。
一路大阪へ。

不慣れな電車旅行、不手際満載でしたが、自分たちで何とか形にした旅、こんなもんでしょう。

新幹線はまた来年行く時に乗ろうね、と姉と約束。
これで来年の西日本の旅行は決まりです。

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2015/11/23 Mon. 15:23 | trackback: -- | comment: 8edit

能登路へと 

           能登路 その①

 退職したら、旅行をしようと張り切っていましたが、思いがけない事故で、
2週間ほど寝たきり、起きだしても自分のこともままならないありさまで、
月日は無情に過ぎていきました。

まっ、おかげで健康の有難さを身にしみて感じましたが。

少し体も動くようになってきたところで、どこか行こうか!?
私の旅行希望が再燃したわけで。
行き先ですが、行ったことないところで考えていました。

私は四国の太平洋に面した海辺に生まれて、幼児期はそこで育ちました。
太平洋の海水はお風呂のようにお馴染ですが、一度、日本海の海を見てからは
その蒼さに魅せられまして、一度見たいとかねがね思っていました。

そして、今年前半の某テレビ局の「能登半島」のドラマで時折映る海岸線の美しさと、海の色に
惹かれていました。
そこには有名な名倉温泉もありますし、きれいな海の色を堪能して、温泉でのんびり、
その後は上げ膳据え膳の料理をと、計画して、夫に話しますと、
夫は、ネットであれこれ調べていましたが、写したい景色もないし、
「行けへん」とあっさり拒否。
「私は行くから、ご飯の支度も2品ぐらいしか作っていけないよ、それでもいい?」
「いいよ」で、決まり。

この旅行にはもう一つ目的があって、喜寿の姉を連れて行ってあげたいと思っていました。
姉は夫の年の離れた実姉です、幼い時に母を亡くした夫には母代わり、
私にも実の姉のように面倒を見てくれた人です。

三十年程前に義兄に先立たれた未亡人です。
母親が病気でずっと臥せっていましたから、看病と主婦替わりで、家族を支え、
苦労を背負い込んで、頑張って生きてきましたが、芯の強さを表に出さず、自分を主張せず、
控えめに、しかもしっかりと生きて来た人です。
一人大阪に出てきて近い身内のいない私の愚痴を聞いてくれて、実姉の代わりもしてくれました。
この姉と一緒に行きたいと思っていました。

夫が行かなくても姉と行くぞ、と思いました。娘も
「ええやん、女だけで行った方が楽しいで」なんてわかったことを言うし、
姉も、私と二人でも「いいよ~」と、二つ返事。

二泊を予定していましたが、夫を残していくことですし、いない間の食事の支度はいいとしても、
二人とも運転免許を持っていません。
温泉に浸かって、後は旅館の近所を散策するか、どこか一か所を見て回るぐらいだから、一泊二日の予定で、
ネットで検索。

旅館を予約して、姉に報告。
そのまま切符を買いに行きました。
行きの大阪から、金沢の指定席が、団体席の2席だけしか残ってないということでしたが、
仕方がないので、それを予約しました。
後で姉に、確認すると、「酔っぱらった人に絡まれたりしたら、自由席に逃げていけばいい、」と
暢気なもの。私も何とかなるだろうと思っていました。

                                      つづく

2015/11/16 Mon. 15:24 | trackback: -- | comment: 2edit

伊吹山 

織田信長が薬草を栽培するための薬草畑の山ですから、安土桃山時代からでしょうか。

先日、ふと思いついて行ってきました。
というのも、7~8年前に見た八分咲きのシモツケソウを見たくて。
ピンク色が無数の小さい蕾がはじけて咲く様子が何とも美しく、
山頂一面がピンク色の花畠のようでした。

その頃は毎年行っていたのですが、少し早かったり、遅かったりで
ネットで見た丁度満開の頃は一度も見ていなかったのです。
それはだいたいお盆の頃で、車で3時間半の道のりでは帰省ラッシュは外したかったので
いつもピークの時には縁がありませんでした。

でも今年は、お盆を少し早い目に取る企業もあったりで、例年のように混んではいないだろうとの
予想のもとに急に出かけました。
決めたのは前日の夜。
私の休みの関係で、日帰りの強行軍でした。

朝5時出発、で4時20分起き。
朝寝坊の私にしてはとんでもない早起きですが、たまに速く起きても
以前のように気分が悪くならなかったので、そう決めました。

やはり大丈夫でした。車酔いをしないように、食料を少しだけお腹に収めて出かけました。
近畿自動車道から第二京阪を経て、京滋バイパス、名神高速を関ケ原まで。

やはり早く出たのが正解で、関ケ原近くになって帰省ラッシュの渋滞が出始めた様でした。
予定時間で伊吹山の駐車場まで着きました。

車やバスもそこそこ止まっていましたが、お盆の割にはまだ人出は少ない感じでした。

さあ、お盆の頃のシモツケの美しさは?と胸わくわくで出発しましたが、
西コースを少し登っても、シモツケの蕾は固いまま。

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なんとなく不安なまま歩き続けました。
もう咲いているだろうこの辺は、というところに来ても、蕾のまま。しかも蕾も少ない。

シモツケ群生地まで来て立札。

二〇〇七年ごろから、他の雑草の勢いに押されて年々減少の一途をたどっているシモツケなのだそうです。
過去のシモツケ群生地は仕切られていて、シモツケ保護地域に指定されていました。
人の手が加わって、勢いのある雑草を取り除き、シモツケを育成しようとの試みなのでしょう。

私たちが何年もシモツケを見られなかったのは、早かったり遅かったりしたわけではなかったのでした。
ところどころに咲くシモツケをカメラに収めました。


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こんな弾けるようなシモツケが一面に咲いたらすごいでしょう!


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コオニユリ
ちょっと小悪魔的な粋な百合です。

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メタカラコウ
ちょっと終わりがけ。
七月下旬が見ごろでしょうか。

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後ろの白い花が秋の花、サラシナショウマ。
あれ、今年は秋が早い?それとも慌ててしまったの?サラシナショウマ君!

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クガイソウに蝶がお泊まり。
山の景色はなんとものんびりしています。


2014/08/16 Sat. 17:37 | trackback: 0 | comment: 4edit

伊吹山 

箱館山百合園を散策して、余呉湖畔に宿を取り、
翌日の伊吹山ハイキングを期待していました。

伊吹山は山と言うこともあって天気が崩れやすく、
最初に登ってから三度目ぐらいまでは景色など見たことはありませんでした。
濃い霧に包まれて、まるで牛乳風呂の中にいるようでした。

初めて霧のない雄大な景色を目にしたときはそれは感激しました。
織田信長が薬草を栽培をした山と言うことで有名だそうです。

オトギリソウ(弟切草)
 止血効果があり、その茎葉は神経痛、リューマチ、関節炎などに使われるようです。
 この薬効を漏らした弟を切り殺したという悲しい伝説のある薬草であり、そこから名付けられた名前のようです。

われもこう(吾亦紅)
 根は止血剤で、可愛い花が咲きます。吾も紅ありたいから名付けられたとか。


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私の好きな花はシモツケソウ。

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この花の咲き始めに行って、その可憐さに魅せられました。
伊吹山山頂にはこのシモツケソウの群生しているところがあって、
一度ネットの写真を見ましたが、それは見事でした。
実物を見たいと毎年のように通っていますが、早かったり遅かったりでまだお目にかかっていません。

最近ではちょうどお盆の頃がいいようですが、往復のあの車の込み具合を考えるとどうしても出かけられません。
それにネットでの写真が前のようにリアルに載らなくなったのも見ることができない原因だと思っています。

今回も余呉湖畔の宿に着いた頃から雨が降り出して、翌日の伊吹山ハイキングは絶望的でした。
夜になっても降ったり止んだりで、早々に私たちは眠りました。

翌日は雨は止んでいましたが今にもこぼれそうな空模様。
どうする?
どっちみち道帰り道だから、寄ってみようか。
何年か前だったけど、霧が急に晴れてきて見れたよね、一瞬だったけど。

私たちはかすかな望みを持って、伊吹山に向かいました。
途中で、晴れてきた、降りそう、天気の変化に一喜一憂しながら
伊吹山ドライブウェイの入り口までやってきました。

入り口の小父さんも、霧で見えないかもねと言いながら切符を切ってくれました。
でも、登っていくにつれてお天気は回復状態。
駐車場に着いた時は止めてある車がよく見えませんでしたが、
虹が出て、だんだん視界が開けてきました。

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霧は出たり、薄れたりで、まずまずの登山日和。
西ハイキングコースから登って、東ハイキングコースを降りてきました。

大勢の人が訪れていましたが、お目当てのシモツケは三分咲きといったところでした。
また来年のお楽しみ、と思いながら帰ってきました。

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2013/08/27 Tue. 13:05 | trackback: 0 | comment: 4edit

余呉の湖 

先日、箱館山百合園を見て、余呉湖畔の宿に向かいました。
余呉の湖と聞いた日から私の脳裏に、半世紀も前の歌が蘇ってきました。

余呉のうみ
みなはらからと思う世に
など波高く立ち騒ぐらん

確かテレビで明治天皇のドラマを見た時の歌です。
歌の作者は明治天皇だったと思いますが、

何しろ半世紀も前のことなので確証はありません。

この歌を聞いてから古典の時間に歌を作る授業がありましたので作ってみました。

夕されば
浜辺に遊ぶ子供らが
四方に散りて日は沈むなり

お粗末でした。

余呉のうみです

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2013/08/21 Wed. 22:54 | trackback: 0 | comment: 2edit