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お千のブログ

気ままでお気楽な写真と徒然の想いを綴っています。暇を見つけた時は時代小説を書いています。

食事会 

私たち一家がこの地に越してきて、30年くらいになるでしょうか。
建物にはいろいろ問題もあったが、ご近所さんには恵まれたと思っている。

引っ越し、代が変わられたりしていなくなった後に、新しく入って来られた方が4軒ほどで、
皆さんほとんど長いお付き合いです。

その中で、ずっと続いているのが食事会。
一年に5~6回。各家の奥さん方が集まって、一緒に昼食をとるのです。
私が来た頃は当番制で、地域の自治会館を借りて、お弁当を取り寄せたり、作ったりして
食べていましたが、やはり料理の好きな方はいいですが、苦手な方には苦痛なもので、
最近では近くの小さな食堂の一部を借りて、その店のメニューの中から好きなものを注文して食べています。
実費で各自支払いますので、好きなものを注文できます。

暮れと新年には、忘年会、新年会になります。これは班の会費から出ます。

話の内容は、暮らしの中で疑問に思っていること、自治会の催しや、事故、事件のこと、
その時の関心事がそのまま話題になります。
色々教えられることもあり、ためになることもいっぱい。
お料理好きな方の話は、新しいメニューとして取り入れられるものもあり。
楽しくて笑えることから、役所の催しやらも満載です。
年配の方の話には、暮らしの知恵になることもありで、私にはためになります。

昨年の暮れから、私は手術、入院、退院してからのリハビリーと、骨折、しばらく安静、再びリハビリーと、
一年近くこの食事会に顔を出していません。

久しぶりに出てみようと思っています。

本日の昼食です。

今日は前日の15日です。

結果はまた次の更新でお伝えしたいと思います。






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2018/10/16 Tue. 00:00 | trackback: -- | comment: 2edit

初めての避難所 

先日の21号台風では怖い思いをしました。
屋根瓦がたくさん飛んで、瓦屋さんに応急処理はしてもらいましたが、
このような修理は混んでいて、今年中は無理だと言われていました。

ところがまたまた24号台風の到来です。
今度は21号より強いという。
これでは応急処理をした瓦は元も子もなく吹き飛んで、その他も持たないだろうと思いました。

今度は避難所へ行くか、どうしようと、相談しましたが、一長一短。
どちらがいいとも決め兼ねましたが、どうなるか想像もつきません。

「命の方が大事」と、家は諦めて福祉避難所へ行くことにしました。

ここは、高齢者、身体障碍者や、病気の方と、体に不安のある方中心の非難所で、
医療関係の方もおられるようで、こちらに決めました。
夫は肺の障害者。私高齢者。娘は介護人ということです。

台風到来予定の当日、午前中に行くと、大きな建物の3階が避難所に当てられていました。
中はゆったりと、ゴムマットが敷いてあって、こんなに避難の方が少ない?とびっくりしました。
前回の21号の時は12人だったそうです。
それで広い部屋に14~5組しか用意されていませんでした。

そのうちにどんどん人数が増えてきて、詰めてください!の声が飛び交っていましたが、私たちは早く行ったので、
隅のスペースが取れていて、窮屈ではありませんでした。
それでも70人ぐらいを収容。あとはもう一階上に避難所が増やされました。この避難所だけで140人だったそうです。

やはり21号の時怖い思いをしたので、やってきたという人がほとんどのようでした。

コンセントやお茶の用意はあるし、食料も水も持参で行ったので、思ったより快適でした。
私は大阪、高知を繋ぐ夜間の特急フェリーの客室を想像していましたので、それに比べたら
全く窮屈感はありませんでした。

職員の方も親切で、避難所に集まった方たちも、同じ境遇の方ばかりなので、
過ごしやすく感じました。

心配した24号も、直前になって、右側に逸れてしまったので、
家の方も被災を免れました。

今回も台風25号が怪しい動きをしていましたが、今のところ大丈夫そうですが、
もしやってくるようなら、又避難所にと、思っているところです。

この年で、初めての経験でした。








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2018/10/06 Sat. 07:40 | trackback: -- | comment: 8edit

古い写真を見て 

最近ネットでも、友人たちの間でもよく聞く話。

親の遺品の整理。

いらないものは捨てればいいけど、困るのが「写真」だそうである。

子どもたちが困らないように、できることは少しでもしておきたい。
終活の手始めに、この写真の始末をすることにした。

貧しい我が家に、分不相応にあるのがカメラ。
夫の趣味である。
機材そのものは、カメラやさんに持って行けば少しはお金になりそうだから、これは問題なし。
若い頃から子供の写真をはじめ、風景写真など、撮りためた写真も多い。
風景写真などは、入選作を除いたものはほとんど処分したのでこれも問題ない。

残りは家族写真。

分厚いアルバムに30冊余り!
これが問題なのです。

ある知り合いが、自分たちの分、二人の子供の分と3つに分けて、それぞれのアルバムを1冊ずつ残して、後は処分したと聞きました。

成程、これなら私たちの手元にも残るし、
子供たちの元にも一冊ずつ残してやれる、と思って、早速始めることにしました。

まずは古い方から。

47年も前ですから、台紙にぴったりとくっついているので、はがすのに一苦労でしたし、破けたものも。
で、夫がスキャナーでスキャンして、7~8枚を1枚の写真用の印画紙に焼いてくれました。
サイズはA4なので、アルバムでなくても、普通のファィルにすんなりと治まります。

これなら数冊で収まりそうだと、長男誕生の頃までの数年間を、処理してしまいました。

先日の台風の後片付けに、息子が休みの日に、手伝いに来てくれました。
その時、整理中のアルバムを、目ざとく見つけた息子と娘。

息子は何も言わなかったが、娘の方が、
「お母さん、なんでこんな髪形をしてるん?」
と、非難的。
お母さんとわかったんや、と、私。

兄である息子もまだ生まれてないし、娘はその兄より8年も後に生まれている。
47年も前、
「お母さんの若い時はそんなんなの、時代も違うでしょ」

そして、娘。
「わぁ、お父さんに関しては想像の域を越えてる!」

「なに、それ?」

その表現がおかしくて笑い転げる母と、若い父親に笑い転げる娘。

娘が生まれて初めて父親を見たのが父31歳の時。
それから毎日父親を見ているが、21歳の若い父親と、結び付かなかったのでしょうが、

何という表現!

今どきの娘の表現でしょうか!?

うちの娘は時々面白い表現をするのです。








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2018/09/20 Thu. 00:00 | trackback: -- | comment: 10edit

年代で笑うところが違う 

夫は時々、笑えることを言ったりしたりする。
本人は家族へのサービスと言っている。

笑い上戸の私はすぐそれに乗って笑い、このブログへも何度か紹介もした。

ところが同じことを娘に言っても、また私が笑ってる場面に遭遇しても、シラ~として、反応しない。
面白くもなんともないようだ。

先日、朝の散歩に出かける前、
娘が知り合いから頂いて、その前日まで仏壇にお供えしていた菓子を抱えて、笑いながら私の元へやってきた。
笑っている娘が珍しくて、
「どうしたん?」
と、私。
「お父さん可笑しいんやで。今から散歩に行くと言うから
『これ、お茶の時のお菓子にしたら』って言ったら、箱ごと全部持って行こうとするんよ、ありえへ~ん」
と、さも可笑しそう。

「まあ、普通だったら、1~2個を『ありがとう』って、貰うのだけど、お父さんがそんな普通のことをする?
全然もらわなかったら、気まずくなるし、笑いを誘うには全部ってことになるでしょう」

私の変な説明を、聞いてるのか聞いてないのか、娘はなおも思い出したように笑いながら、炊事場の方に去った。

私がいつもお父さんのしぐさに笑っているのに、ほとんど知らん顔をしてる娘。
時々は「何笑ってるん?」
と、聞くこともあるので、説明しても、それがそんなにおかしいの?って顔で、首をかしげている。

やっぱり、年代による笑いのツボがあるのですかね!

私はそう解釈しました。









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2018/09/15 Sat. 00:00 | trackback: -- | comment: 8edit

台風21号 

私は生まれてから23歳まで、高知市に住んでいました。
だから毎年晩夏から秋になると、やってくる台風の被害を、大なり小なり受けていました。

が、記憶に残ってる被害と言えば、雨風の音に体を強張らせたり、
短時間から数時間の停電、屋根瓦が数枚飛んだ程度で、
建築関係の仕事をしていた父が自分で治せる程度でした。

大阪に出てきても、大きい台風と騒がれていても、大したものはなかったです。

今回が一番すごかったし、被害も出ました。
家は道路の角で、台風の雨風をまともに受けてしまいました。
二階にいた娘は家が揺れていたと申しますし、私には何かが落ちて砕け散る音が
激しく聞こえてきました。

風雨が小さくなって、外に出て見た光景に唖然としました。
家の周りの道路や路地、家の敷地内のあちらこちらに、見覚えのある色の我が家の瓦の残骸が、
たくさん散らばっていました。

うちもそうでしたが、ベランダや駐車場の屋根が強風に千切れてほとんど残っていないぐらい飛び散っていました。

瓦屋さんに連絡すると、少し前の大阪の地震の修理がまだたくさん残っていて、
修理には時間がかかるが、お天気も悪そうだったので、とりあえず雨漏りを防ぐ応急処置だけをして、
順次修理にかかるとのことでした。

そして、その日の夕方から、4日近く停電が続きました。
皆様のところには散策にも行けない日が続きまして、申し訳ありませんでした。

屋根瓦の応急処置は三日目ぐらいには来てくれましたが、修理は今年中は無理なようでした。


それに北海道でも大きな地震と、停電で、日本列島は今大変です。

これからは何もないように、と願っていたら、又南の方に台風が発生していました。
予報では又大型とのこと。
心配していたら、日本列島は避けてくれましたが、またどこかで被害が!

日本列島、いや地球はどうなってゆくのでしょう。

怖い夏の終わりになりました。






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2018/09/10 Mon. 12:00 | trackback: -- | comment: 8edit