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お千のブログ

気ままでお気楽な写真と徒然の想いを綴っています。暇を見つけた時は時代小説を書いています。

今年もよろしくお願い致します。 

     今年もよろしくお願い致します。


お正月はゆっくりさせていただくつもりでした。

ところが今日まで、慌ただしい日々が続きました。
気付けば猛もう五日!


何ということでしょう。

理由はわかっています。
今まで文字ばかりで埋めていたこのページに写真を添えたいと、
ずっと思っていました。

でも重いカメラは持てません。
重いカメラでなくては、木々の梢に止まっている小鳥を写すことができません。

そこへ私の今の足の状態では、両手にカメラを持って立つことができないのです。
毎日歩くことで足を鍛えていますが、立つとふらふらして、シャッターを切ることができないのです。

で、望遠レンズを付けなくてもいい望遠カメラはないものかと、探してくれて、
見つけてくれたのが、某メーカーのSX'70HSで、見た目は普通の馬鹿チョンカメラと大きさ、重さは変わりません!

これだったら持てる!と、

暮れから今日まで、小鳥を追いかけて写しておりました。

忙しかったのです。


でもこれは忙しいとは言いませんよね。
遊んでいただけですから。

これから、日々の出来事と、小鳥の写真をアップしてゆきたいと思いますので、
よろしくお願いします。


いつも散歩に出かける公園の、ルリビタキに会える場所です

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ルリビタキ

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園内の池を望むお気に入りの場所

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園内の水仙園
もうたくさん咲いています。2月頃までは楽しめるのではないかと

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2019/01/05 Sat. 15:53 | trackback: -- | comment: 11edit

どうぞ よいお年を 


いろいろあった年も去ろうとしています。

励ましのお言葉や、暖かいお言葉をありがとうございました。

お正月は静かに、のんびりと迎えたいと思います。


皆様もお風邪など召しませんよう、お元気で

どうぞ よいお年を お迎えください


来年もこの「お千のブログ」

ゆっくりと焦らず続けてゆきたいと思っています。

来年もよろしくお願い致します。



都合によりまして、年頭のご挨拶を失礼させていただきます。




                                                 お千


2018/12/31 Mon. 15:00 | trackback: -- | comment: 9edit

あれから一年 

 もうあれから一年が過ぎてしまいました。

去年の今頃は、近くのクリニックの医師から、脊椎管狭窄すべり症の手術のできる病院を紹介され、
その予約日を待っていました。

25日がその病院の初診で,年内手術が望ましいということで、その一日、手術前検査と、
手術を受けられるかどうかの検査を、すべて終えました。

手術OKということで、二日後に入院、その翌日手術という慌ただしさでした。
クリスマスもなし、同居の娘の誕生日が手術当日で、誕生祝もなし。

そればかりか正午から、手術終了の5時まで、心配のしどうしで、娘にとっては忘れられないえらい誕生日でした。
予定より時間が大幅に延長され、手術室から出てきた私は痛みに唸り、顔をしかめて、声がかけられる状態ではなかったとか。

この件に関しては私の記憶は一切ありません。
事前に、手術後、10分ほど家族との面会があり、それから集中治療室に入るように言われていましたが。
私が気付いた時は集中治療室で、それまでずっと麻酔で眠っていた感覚でした。

私が目覚めなかったから、5時間も待ってもらい、そのまま帰ってもらった家族には、
悪いことをしたと思っていました。

が、実際には、10分間の面会の間、家族の問いかけに,
私は答えていたようですが、あまりに私が痛がるので、
早々に面会は切り上げられ家族は心を残しながら家に帰ったようでした。

あとでいろいろ聞かされて、私は術後の面会の記憶が全くないのに驚きました。

それから退院後一週間して、
夜中に夫が急に胃潰瘍による大量の吐血、下血をしてしまいました。
結婚して50年近く、お産以外の入院はなし、具合が悪くて寝ることもなかった元気印の私が、
急に、入院、そして長時間手術で、夫の心労は大変なものだったからなのでしょう。

救急車は来たものの、処置できる病院と、入院病院が一緒にならず、救急車の中で長い間待たされましたが、
とりあえず処置できる病院で処置をし、入院できる病院に搬送になりました。
まだ起きるのがやっとの私が付き添って、ふらふらしながら病院の通路で
待たされた時の心細さはありませんでした。

十数年前にこの病気を患った時は、は何週間も入院をしたのですが、今回は一週間足らずで退院できました。

どちらにしても大変な年末から今日までの一年でした。
その間に手術よりもっと厄介な私の「骨折」があり、一か月安静、それから歩行のリハビリー、がこの年末までも続いています。

手術後の回復に比べて、骨折の回復の遅いこと、驚くばかりです。

寝たきりが、1週間と1か月の違いでしょうか!?

骨折の方が、圧倒的に回復が遅いです。

手術後3か月の時は、一本杖で、しっかり歩けていたのに、骨折後半年でも、一本杖ではまともに歩けません。
不注意で、骨折をしてしまったことが悔やまれます。

そして最大の驚きと不幸は先日の母の死でした。

何という一年だったのでしょう。

来年は、もう少し穏やかな一年であってほしいと、思っています。

2018/12/24 Mon. 15:22 | trackback: -- | comment: 3edit

母へ 


段々に日常が戻ってきました。
やっぱり母のことを想う時間が多くなりました。

慣れないですが、母のこと、短歌にしてみました。
ことばを連ねるより、自分の気持ちがわかりやすいように思います。



色褪せし 写真に写りし 亡き母が
   抱ける吾は まだ2歳


吾も又 祖母と呼ばれる 年を生き
   未だ恋しき 母の面影


この世より 懐かしき人 多くなる
   黄泉の世界が 吾を待つなり


長じては 思い出すこと 少なきに
   母見送りて 日ごと思いぬ




2018/12/19 Wed. 15:41 | trackback: -- | comment: 4edit

母が逝ってしまいました。 

先日、とうとう 母が逝ってしまいました。

97歳なので、大往生と言えるでしょうが。

先々月の終わりに、私は母の顔を見に、実家に行ってきました。
もうこれが最後かもしれないという思いは強かったのです。

母の手を握り、母の顔に頬ずりをし、大事に育ててくれたお礼を言い、
近くにいてやれない親不孝を詫びてきました。

静岡在住の弟にも、このことは伝えました。

弟もすぐに行くように言っていました。が、何か用ができてなかなか動けないようでした。
その内に兄から「病院の先生からもう覚悟をしておいた方がいい」との連絡があって、
弟は急遽帰省しました。

その時私は間に合ってよかったね、とメールをしました。
数日は、危ないながらも様態が安定していたので、弟は一旦静岡に帰ったのでした。
その日の真夜中、母の容態が改まって、実家の兄夫婦でさえ、臨終には間に合わなかった、ようです。

結局、母は病院の先生や看護婦さん達だけに看取られて旅立ちました。

母は、同居の兄夫婦の顔さえ認知できない状態でしたので、身内が誰もいない孤独感はなかったのではないかと思っています、
というより思いたいのです。

もう十年ほども看護してくださった方々ですから。

母の顔には苦しみは見られませんでした。
生きる重荷を下ろしたような静けさのようにも感じられました。

長い間頑張ってくれました。
私たち4人の兄弟姉妹を分け隔てなく愛おしんでくれました。
優しかった母が、やっと荷物を下ろしたのでしょう。
お父さんが待ってるところに向かったのだと、思っています。
18年間も待ち続けていたであろう父の所へ。

母の愛の大きさに今更ながら、思い当たることがいろいろと。

私にはもう父も母もいない!

ぽっかり穴が開いたような、空虚さです。
あるのが当たり前、いるのが当たり前の空間で生きてきたのでしょうね。

でも、夫がいる、子どもたちがいる、兄弟がいる、友がいる、親戚もいる、

私の心は今いる人の方に向かなければならないのでした。

大事な人たちと、大事な時間を過ごすために。

そして、父母のもとに旅立った時、たくさんの先に逝った方々が、温かく迎えてくださるでしょうから。

母の冥福を祈りながら、そう思いました。




2018/12/12 Wed. 00:00 | trackback: -- | comment: 11edit