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お千のブログ

気ままでお気楽な写真と徒然の想いを綴っています。暇を見つけた時は時代小説を書いています。

そんな持ち物より先に、…… 

先日のお財布付きのポシェットの件。
私の年ではすこし派手だけど私は気にしない、と書いた。

それに違いはないのだが、いつも一緒に歩く夫は気にしてるのではないかと尋ねてみた。
「こんな派手なポシェットを持ってる奥さんを連れて歩くの、気にならない?」
と、尋ねてみた。
夫、
「そんな持ち物より先に、……」

皆まで言わんといて!
私にはピンときた。
だいたい、なんか質問して、まともな返事が返ってきたことがない夫だった。
ああ、こんなことを尋ねた私がばかだった!

もし、気にしたのなら、その時に、
「あれを持つのは、辞めておいた方がいい」
など言う人だ。

この後の言葉は決まっている。
もう書かないけど。

「はいはい、もう一緒に歩かないようにします。
ですが、そうもいかないでしょ。
私は杖だけではふらつくし、長い距離歩けない。
荷物は持てないし。
病院は行かないといけないし。
電車やバスの便は不便なところに住んでるから、
あなたの運転に頼らないと仕方がないのだから」

「誰もそんなこと言うてないし」
「いいえ、言葉の後先考えたら、誰でもわかります!」

「もう、難しい人やなあ!」

誰がですか?……もう!

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2018/04/06 Fri. 00:00 | trackback: -- | comment: 10edit

シジュウガラと「だから!」 

最近、散歩道に小鳥の姿があまり見られない。
比較的目にするのがスズメ。

この際スズメでも撮るか!みたいな感じです。

スズメちゃん、ごめんなさいね。
「でも」ってねえ、悪いよね!

たまにお目にかかるのが、メジロや、シジュウガラ。
メジロの鳴き声は、私にはちょっとわかりづらいのですが、
シジュウガラはわかりやすい。

スッピン、スッピン

何ともかわいらしい。
木々の上からスッピン、スッピン。
たいがい、声はすれども、姿は見えぬ!
である。

木々の枝を見回していると、ちょっと離れたところで夫が、
「だから!、○×▽○×▽」
何やら言っている。

「何言ってるん?」
夫、こっちを向いて、
「あいつが君の悪口を言うてんねん」
「あいつって?」
「シジュウガラ!」

「なんでシジュウガラが私の悪口を言うねん?」
「スッピン、スッピンって」
「??????えっ?」

「スッピンみたいに見えるかもしれんけど、これでも化粧してるんやで!」
「何!それ?……、それって、シジュウガラやなくて、お父さんが私の悪口言うてんやないの、
スッピンみたいで悪かったわね!どうせ代わり映えしませんから!」

木々の間から、

スッピン、スッピン

「だから~!これでも」

「おとうさん!」

シジュウガラの鳴き声も、夫の声も、消えた!


残念ながら、木の上のシジュウガラは写せませんでした。
降りてきたシジュウガラです。
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タカサゴユリ
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ムクゲ
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ノウゼンカズラ
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アオサギ
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セミ
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2017/09/14 Thu. 00:05 | trackback: -- | comment: 14edit

美人は嫌い!? 

人間も一昔前に還暦を迎えたような年になると、美男や美人と言っても、ピンとこない。
芸能人や、美人に固執する人はそれなりの努力は認めますが、わずかに美貌の残骸が残っているばかり。

あとは過ごしてきた年月に、鍛えられた苦労の味が出てくるのみだと、思っています。

ところがうちの夫、時々妙なことを申します。

「僕は美人が嫌いだ!」などと。

私はよく言うわと内心クスッとします。

息子が小さいとき、アニメの主人公のお母さんを見て、
「このお母さん美人やなあ。こんなお母さんがいいなあ。こんなお母さんの所へ行こう」
と、息子をけしかけて、
「お父さんだけ行けば」
と、言われたことをすっかり忘れている。

という私も忘れていて、レポート用紙に日記の如く書かれたものを見つけ出して、
こんなことがあったのだと思ったばかりですが。

美人とは何をさしていうかは人それぞれですが、一般的には美形、または内面の美しさが表面にあふれ出しているような人を言うのだろう。
そんな人がそこら中にいるわけがない。

「美人でなくて悪かったわね」
なんていうべきだろうけど、そんなことは言わない。
美人が嫌いだと言われれば、

「ああ嫌われてる。そうか、それで嫌がらせばっかり言うのね」
と、返してやった。

夫キョトンと、トンチンカンな返事を受け取ったような顔をして、
「あの、僕の嫌いなのは美人だから、そうでない人は大好きだから」

「だから、嫌われてるの、私のことを嫌いでしょ」
「いやいや、嫌いなのは美人やから」

「だから、嫌いなんでしょ。家事なんて一生懸命やったって、無駄ね」
「いやいや、嫌いなのは美人だけで……」

これが延々と続きます。
敵も然るもの、『あなたは美人じゃない』とは、絶対言わない。

言ってるのも同じだけど、そこは微妙なところ。

声もだんだん大きくなるし、エネルギーもいる。

我が家の認知症予防と、経費の掛からないレクリエーションと思いましょう!


時々登場する「コゲラ」
大人しくて、まじめ、夫婦仲もよいそうです。
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ところが、何か怪しい奴がやってきた。
顔が変わってきています。
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「何をしている怪しい奴」
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「こっちに回ってきたか、なにをする気だ!」
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「やるか!」
相手はクマ蜂君です。
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「 コゲラ 対 クマ蜂 」
どっちが強いんだろう?
しばらくにらみ合いが続きましたが、どちらもこの木の枝から去っていきました。

自然界も厳しいようです。
笑っては可哀相ですが、見ているほうは可愛くて思わず笑ってしまいました。
当事者(?)は必死なんでしょうね。

この場合、どっちかが危害を受けることはないと思いましたが。





2017/07/27 Thu. 00:00 | trackback: -- | comment: 14edit

ばれた! 

前の散歩道でのことでした。
小さなダム湖の周囲を歩くのが日課でしたが、時々はその東西のハイキングコースにもゆっくり時間をかけて登っていました。

その登山道でのこと。
前を行く夫に私が声をかけて、夫が振り向いた時に、石ころで足を滑らせてこけてしまったのです。
丁度悪いことに、そこは刈り取った笹がだいぶ伸びてきていて、その切っ先が夫の眼がしらと鼻の間に刺さってしまったのです。
結構出血もしました。

チッシュで押さえたりして止血をしましたが、容易には止まりませんでした。
今思い出してもぞっとする。

「眼でなくてよかったね!!」
「眼やったら失明してたな」
「怖っ!」
そう言い合ったものでした。

帰ってきてしっかり消毒をして、薬を付けてガーゼを張りました。

あくる日は、ハイキングコースではなく、ダムの湖周を歩くために出かけました。
そこにはカメラのお仲間が数人いて、
みんなでたわいない話をしながら、小鳥や風景を愛でたり、撮ったりしています。

そのお仲間が、目ざとく夫の眼がしらに貼ってあるガーゼに気づいて、寄ってきました。

「どうしたん?」

と、尋ねられて、夫が言った一言。

「ばれてん!」

お仲間、一瞬キョトンとして、次は
「ははははは」
と、大笑い。

夫の性格をよく知るおひとりは、
「よう、そんなしょうもないこと言うわ」
と、ぼやいたものの、どなたも深く原因を追究しない。

本当と思っていないだろうけど、原因を追究したらいけないような、
武士の情けでしょうか!
男同士の思いやり!?






散歩道の池
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シジュウガラ
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ヨシキリ
葦原と近くの木々にいて、とても特徴のある賑やかな鳴き声です。
警戒心が強くて、なかなか見つけられません。
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ニワゼキショウ
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黄蝶
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新緑の楓
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アカツメ草
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2017/07/03 Mon. 00:00 | trackback: -- | comment: 6edit

接写撮影のレッスン 

夫に比べたら、カメラ歴は格段に短いが、少しも上達しないので最近は写していませんでした。
が、夫の写真を見ると、今は雨季の花、紫陽花や沙羅双樹が何とも魅力的です。

沙羅双樹は平家物語の一節、「娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらは(わ)す」
と、心惹かれる花ではないですか。しかも朝咲いて、夕べには散るという潔くはかない花。

せめて実物を知らない沙羅双樹を人目見ようとひとりで出かけた。
と言っても、いつもの散歩道の少し手前の墓地の入り口だ。

夕方に近かったので、もう散っているかもしれない。それなら落ちた花の風情だけでもと。
墓地に入って、見当を付けていたあたりを探したが、見当たらない。

帰ってその話を夫にした。
「まだ咲いてる時間と違うかなあ」
と言っていたが、その翌日、小雨の中、
「今日は撮影のレッスンをしよう。沙羅双樹を見せてあげる」
と、夫の一声で、マイカメラを持っていった。

「もう散ってしまったかなあ?ああまだ咲いてるや」
墓地に入るなり、夫の声。
まだ咲いてる!?、恋人にでも会えるような嬉しさで車を降りた。

指差す先に小さく白い花が見える。
ええ?ここって昨日見たような気がするけど、どこを見たんやろう。
気が付かないというのはこういうことなのだろう。

思っていたより小さな花だ。
頭の中にあるサイズを探していたから見落としたのか、私ならあり得る。

ここから夫の花の接写レッスンが始まった。

この花やったら、この角度から、その傷んだ葉っぱは入れないように、もう少し寄って、
と、事細かに。

ついでに散歩道の紫陽花もレッスンを受けた。
以下、夫がシャッターを切った写真も半分ほどあるが、私との差はあまりわからない。



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2013/06/23 Sun. 17:42 | trackback: 0 | comment: 2edit