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千のブログ

気まぐれな写真と気ままな想いを 日々の徒然に書きたいと思います

勤務時間変更 

新しい職場になって二か月と十日。
二か月が終わったときに、勤務時間変更を打診された。
夕方の方が忙しいから、午後3時から7時までと。

もしかしてそれって少しは役に立ってる?
でないと、忙しい時間に移動さすはずはない。
または忙しいと言いながら居ても邪魔にならない時間?

いろいろ思いは巡るけど、いい方に解釈しよう。
根は楽観的な方だから。
前よりミスは少なくなったと本人は思っている。

そう思ってるのは本人だけで、ほかの人たちが知らないところでカバーしてるとか。
ただ最近になって思うのは、薬の名前は相変わらず覚えられないが、
パソコンの流れみたいなものは、わかるようになった。

これをしておきますか?と尋ねる前に、してないとあそこでエラーが出るので、
しておこうと考えられるようになった。
薬の数の数え方が早くなった、とか、自分では進化したつもりだけど、
普通よりは遅いかも。

自己診断はさておいて、これって慣れてくると、私には向いてるかもしれない。
体を使うのは苦痛な私には、ぴったりな仕事。PCも、嫌いではない。
あとは薬の名前を覚えることと、もう少し早くこなせること、課題はいっぱいある。

帰ってきたら、もうへとへとだけど、後に家事はあまり残っていない。
これが最高。
嫁さんの要るお千には、家事がないことが最高の休息。
午前中は空いているので散歩には行けるなど、いいこともある。
慣れてくれば時間の使い方もうまくなるだろうと、
やはり楽観的に思うお千なのです。

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2014/11/01 Sat. 15:54 | trackback: 0 | comment: 6edit

新しい職場 

今年の8月の21日から、担当の職場が変わりました。
というのは、この日に退職する人全員とシルバー職にある人全員退職との、指示がありました。

寝耳に水でした。
定年になると、退職は普通ですが、私のところは有資格者で、
退職後も残りたい、残ってほしいの希望が合致すれば、残っていたのです。
中には有資格者でなくても、そういう人はいました。

長年勤めれば、一人抜けても、後を何人かでカバーすればそれなりに仕事はまわっていくものです。
よくみれば、ベテランなどは最後には入社当時に2人でこなしていた仕事を1人でやっていたというところもあります。
年を取れば能力は落ちてきますが、ベテランならではの慣れと、経験がものをいうのです。

私もシルバー定年の70歳までは無理でも、68~9歳までは働きたいと思っていたので、
さあ、大変。

新しい仕事を探しましたが、職安では65歳以上のお世話はしてくれません。
チラシで見たいい仕事に、電話してみて、いい感触でしたが、年齢65歳までと言われました。

私みたいなものが家にいても全く役に立ちません。
一日がアッと過ぎる割に、家の中がきれいになっているとか、やりたかったことができるとか何もありませんでした。
実は60歳頃に、2年近く辞めていたのです。
その時に思い知りました。

その間にも、売り場長さんから、忙しい間だけでも来てくれないかという話があって、
臨時に働いたこともありました。
やっぱり仕事しているほうがいいわと、その時実感しました。

辞めろと言われても、生活設計が狂うし、今更ほかの仕事はありません。
店長との個人面談があったときに、この件を主張しました。

店長もいろいろ気遣ってくれましたが、上からの支持もあったようで、
無理と言われました。
ただ、今までの職場では絶対無理ですが、今人がいなくて本当に困っているところがあるので、
そこだったら、人事の許可が下りるかもしれない、と言うことで、示されたのが、
調剤補佐、の仕事でした。

「医療事務ということでしょうか」
「薬剤師さんの補佐ですね」
「レセプト、とか」
「それに関するもろもろですが、今はほとんどコンピューター化されています」

店長と会話しながら、私の中に数十年前のことが浮かんできました。

私は高校卒業とともに、夜間大学に通いながら、公務員として働きました。
まだコンピューター、その頃は電子計算機と言っていましたが、が使われ始めたころで、
私は計算室で給与計算や税金の計算業務をしていました。

その頃の市民病院は、毎月十日締めのレセプト(保険請求業務)の作業に追われていました。
十日が近づくと毎晩残業残業で、それは大変でした。
そのレセプトの作業をコンピューター化できないかと、計算室長に命が下されたのです。

その頃はコンピューターが出たばかりで、今では考えられないほどの少ない記憶容量で、
記憶媒体も紙テープでした。

で、まずはレセプトを理解しようということで、丁度新しく大型のコンピューターが導入されたのをきっかけに、
計算室は二班に分かれました。
ひとつは計算室長と、三歳年上のお姉さんと私が市民病院へ。
残りは新しいコンピューター室へと。

病院で、私が配属されたのは外科外来受付でした。
そこでレセプトを覚えました。
ところがこの外来で、市議会事務局の課長の目に留まり、
柄にもなく議員秘書を拝命しました。

平均年齢六五~六歳のおじいさま議員の秘書には、丸ポチャ、のんびり感のある私が
相応しかったのでしょう。
でも私はコンピューターのプログラムに興味があって、
秘書はしばらく勤めた後、大阪に出て小さな計算センターで
プログラマーとして働きました。

あれからとんでもないほどの長い年月が経っています。
レセプトのプログラムは作りませんでしたが、
どんな風にできたのだろう?という興味もあったし、
レセプトも、調剤も、カルテも懐かしいものばかり。

この仕事は私のためにあるのではと思ったものです。
しかも、今の仕事をする前に、通信教育で医療事務の資格認定を取っていました。

求人広告を見て応募しましたが、その時私は四〇歳代。
病院では「もう少し若い人を」と、いくつも断られました。
で、今の会社に入ったのですが。

迷うことなく、この仕事をと思いましたが、
先日の「神経衰弱の覚えられない」が、頭をよぎりました。

今はどんな風にプログラム化されているか、想像を超えているだろうけど、
昔のように薬価を覚える必要はないだろう、しかし、
どこを呼び出せば何ができるかは覚えなければならないと覚悟はしていた。

そして新しい職場で実質十日、働きました。
疲れました。

プログラムの立ち上げでも順番を間違うと動かなくなる。
細かいことまですべて順番、仕様が決まっているので、
すべて覚えるところから始まります。

しかも忙しいので、メモを取りにくい、
聞きにくい、が、適当にはやれない。
間を見て聞くのだが、中々覚えられない。

何とかメモを取れる方法を今思案中である。
帰ってきてからの復習、まるで学生時代だ。

習うより慣れろ、これが一番いいのだが、毎日同じことをするのは
わかってきたが、ケースバイケースのケースが多すぎる。

大丈夫か、私の頭!
少々ハードなのは、頭にはいいだろうけど、過ぎれば壊れそう!
ここで壊れたら、認知症か、アルツハイマーか?

でもって、休みが多い、疲労回復より、ざるから水が漏れる如く感じるのは、
認知症の前兆か?

2014/09/07 Sun. 23:06 | trackback: 0 | comment: 9edit

健康診断 

毎年8月末に職場で健康診断を受けている。
今年は多分受けられないだろうと、5月に市町村で実施されている健康診断を受けた。
結果は郵送ではなく、聞きに来てくださいとのこと。
これには理由が二つ。一つは経費削減、。もうひとつは要診断などの結果が出ても、何もしない人がいるからだ。
ただ、要診断の通知書を見るのと、直接医師の診断を受けるようにと言われ、ほっておくとこうこういうことになりますと説明されるのとでは、受ける緊張感が全然違うだろう。

結果は心配していた項目もクリアだった。
保健婦さんは、「あなたの年齢でこれだけ何にも要注意点がないなんて珍しい、なにか気を付けていることがありますか」
と、尋ねられた。
別に何もないが、体を動かすことと、食事では、食べ過ぎず多品目を少しずつでも摂るようにしていること、
睡眠をしっかりとることぐらいですか、と答えた。

食品の基本6項目みたいなものがあったでしょう、全部の項目を少しずつ見たいな感じで摂るよう心掛けてはいるのです。
「ま、ご、は、や、さ、し、い」と教えてもらいました。
「ま」は大豆などの豆製品。
「ご」はゴマなどの植物性油脂。
「は」は本当は「わ」で、わかめなどの海藻類。
「や」は野菜。
「さ」は魚、肉などのタンパク質。
「し」は椎茸などの茸類。
「い」はジャガイモなどのいも類。
これらの食品を一品ずつでも摂ればいいそうな。

この結果はすごく嬉しかったけれど、年々体力知力の低下はどうしようもない。
それに健康診断と言ってもすべてを検査してるわけではない。
義兄などは、健康診断を受けて1週間もしないうちに心不全で急逝した。

喜んでばかりはいられない。
ともかくこれからも油断せず、いいことには挑戦、悪いことは少しずつでも減していかねばと思った次第です。


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「ナツハゼ」

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「スイカズラ」

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「コマツナギ」

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「野イチゴ」

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「アジサイ」

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「ササユリ」

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「ウグイス」

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「アオサギ」

散歩道の草花と小鳥、水鳥、健康の促進剤かもしれません。



2014/06/25 Wed. 17:18 | trackback: 0 | comment: 6edit

潮時 

私の職場は65歳が定年です。
そこで辞めるはずだったのですが、
私の会社にはシルバー制というのがあって、「まだ働きたい」「もっと働いてほしい」が
合致すれば働くことができていました。
で、65歳を過ぎて働いていたのですが、
昨年の暮れに、「若い人に道を譲ってほしい」というお達しがあって、
今年の2月か、8月に退職を言い渡されていました。

ちょっと待ってください。
私はまだ働きたかったのです。それに家庭の事情もあって働いた方がよかったのです。
で、その旨伝えたのですが、「はい」でもなく「いいえ」でもなかったのです。
ただ、シルバー制がなくなるとのこと。

すぐにほかの仕事を探しました。
チラシによさそうなところがあって、早速申し込みをしました。
いろいろ聞かれて、とても好意的でいい感触だったのです。
これはいけるかもと思った時、「お年は?」とたずねられて、
答えると、「ごめんなさい、65歳までなんです」と、面接もなく断られました。

ハローワークも、就職のお世話は65歳までで、四面楚歌でした。
それなら65歳の時そう言ってくれていたら、まだ他で働くことができたかもしれなかったのです。
もう、上に直談判だと思いました。

その頃、ご近所の79歳の方の訃報に接しました。

私はいくつまで生きられたら満足だろうと考えてみれば、
出てきた答えが80歳前後でした。体力から考えればその頃までなら、
何とか自力で動けそうな気がしましたから。
そして少なくても75歳はクリアしたい。

そうすればあと10年足らずではないですか、
もうそんなに長くはありません。
55歳から65歳までの10年間、あっという間に過ぎた気さえするのです。

少しは家でのんびりしたいし、まだしたいこともあったし、
ここは考え時でした。
辞めてくださいと言われて、逆らって働くのは何といってもテンションが下がる。
しんどいことこの上ない。

夫の年金はまだだけれど、経済的な苦労は子供の時から慣れているし、
収入がゼロというわけでもない。
国民年金に近い額だけはある。
戦後の食事事情を真似すれば餓えることなく生きていけるのではないか。

私の得意技は数字を覚えること。
食品の相場はあらかた頭に入っている。
だから2~3か所の買い物先の仕訳をすれば、一般の5~7割の額で食べていける。

お金はないけど時間だけはたっぷりある生活を楽しむことが私にはできる。
あと10年足らず、こうした楽しみ方をするのも悪くない。

もし幸運にもそれ以上生きることができたら、あとは最後まで自分の力で動くことができるよう
努力しよう。
黄泉に召されるまでの私の仕事である。

今が退職の 潮時 との考えに至った。

あと半年足らず、職場の人間関係はよくて、辞めるのがもったいないが、
一番いい時に辞める、これも私にとっていい辞め方ではないだろうか。
いつだって、いい思い出を楽しむことができる、これ最高!

今は時々、退職したらどう時間を遣おう?
これも私の楽しい時間である。



2014/02/24 Mon. 17:25 | trackback: 0 | comment: 6edit

昼休憩の会話 

遅い目の昼休憩に食堂にやってきたAさん,Bさん、Cさん。

Aさん「姉さんお久しぶり」
Bさん「ほんま、ほんま、姐さん」
Cさん「姉さん、姉さんっていくつ違うン、どっちが年上」
Aさん「見たらわかるやん」
Cさん「……?」
Bさん「私、二つ上」
Aさん「二つ違うわ、三つやで」
Cさん「50も過ぎて、二つや三つ違ったって変われへんわ」
Aさん「変わるわ」

がやがや言いながら、お弁当箱を開く。
食べながらの会話は少なめ。
何しろとっくに2時は過ぎてるから、みんなお腹は空いている。

食べたお弁当箱を片付けながら、
Bさん「眠いわ~」
Cさん「持ち場に戻ったら、目、覚めるんやろ、素敵な人がいてるとか」
Aさん「そんな人いてるかいな。ドキドキじゃなくて、ひやひややなあ」
Bさん「そうや、ひやひやもんや、力つけとかな」
Aさん「闘うんかいな!おおぉぉ」

たわいない会話に、癒されてまた自分の持ち場へ。
家事からも、仕事からも、家族からも離れて、
気の置けない仲間とのおしゃべりの時間。

ここは仕事や人間関係の愚痴のこぼせる場所。
ただし、同職場の仲間の愚痴はご法度。
誰が聞いているかわかりません。

でも上司の愚痴は吐き放題。
時々いるんです。
仕事はできるけど、思い込みが激しくて、
なんでも上から目線で、すぐ怒鳴る人。

ほとんどの仲間が同じ被害を受けているので、吐き出して慰め合い。
仕事を続けるエネルギーにしています。

今はいないけど、前いたときはすごいもんでした。
でもこの上司のおかげで団結力が強くなって、
みんな仲良くなれました。

見方を変えれば、すごくいい上司かも。
部下を一致団結させて、能率を上げる上司ですから。

2013/10/04 Fri. 21:14 | trackback: 0 | comment: 2edit