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千のブログ

気ままでお気楽な写真と徒然の想いを綴っています。暇を見つけた時は時代小説を書いています。

鶴の一声 

父はお酒が好きだった。
毎日晩酌をしていた。

そのまますぐ寝てしまうこともあるが、時々机の前に座って何か書いている。
覗いてみると、計算。
しかも、1,23×12,345のような、小数点を含んで4~5桁ほどの数字の掛け算だ。
お酒飲んだ後でこんなことをする?!間違うで!
今のように計算器がある時代ではなかった。

父は、5歳のときから、漁師だった父親(私の祖父)が病気で寝ていたから、父親の仲間の漁師の船に乗せられて、
漁をしていたそうだ。8歳頃には一人前の漁師の仕事をしていたという。

祖父の仲間の漁師が、生活の成り立たなくなった仲間を助けるために、その息子を連れだしたのだろうと思う。
ただ生活の支援をすれば父親が気を遣う、息子の稼ぎだと、言えば、お金でも魚でも受け取りやすいとの
思いやりだろう。

だから父はまともに学校に行っていない。
漁にならない日か、漁の休みの日に通ったぐらいだろう。
父は、「小学校4年しか行っていない」と、よく言っていた。
それでも、字は読めるし、書ける。
上記のような計算もできるからすごい。

私など、病気で休む以外、いや、病気で休んだ記憶はないから、毎日ぼんやり通っていただけだ。

この時、私は確か小6か中1ぐらいだったと思う。
算数、数学ではもっと難しいことをやっていたから、こんな計算はめんどいけど、掛け算と小数点の位取りさえ間違えなければどうということはない。

お酒を飲んだ後でこんな計算をするのは可哀相に思えた。

「そんな計算やったら、できるで。やったろか?」
と言ってみた。
普段は優しい父が、きっと怖い顔をして、言った。
「間違ごうたら、信用を無くすか、損をするんやで」

父は青年になると漁師ではなく左官業をしていた。壁を塗る職人さんだった。
家の壁の面積を計算して、この材料だったら、いくらといった、壁塗りにかかる見積もりを出さねばならないのだ。
面積を多く出すと信用を失い、少ないと損をするということだ。

「間違えなければいいでしょ」
私は言った。
父はむっとした顔をして、何を言おうか考えている。

「お千に任せた方が確かやで」

台所で片づけをしていた母の、
鶴の一声だった。

「ほな、やってみい!」
父が紙切れを渡してくれた。

私は小さい頃から計算が得意だったようだ。
はっきりとは覚えていないけど、3歳頃母と一緒に買い物に行って、母の買ったものの合計とお釣りを先に計算していたという。
多分上に兄と姉がいるので、それを横で聞いていたせいだと思う。
教えてもらっている人より、横で見ている人が先に理解することは往々にしてある。

ぼんやり記憶にあるのは、母に買い物を頼まれて、買ったものと、お釣りを計算して、
貧しい私たちが損をしないように、と考えていたと思う。
相当おませさんだったようだ。
お店の人が面白がって、よそのお客さんの分まで計算させられていた。

だから両親は私が小学校に上がるのをとても楽しみにしていたようだ。
ところが入学しても成績はよくもなく、悪くもない、目立たない大人しい子だったそうだ。

時々目を覚ましたようにハッスルするのは、弟を苛める子供たちをやっつけるために、追っかけまわす時だけのようだった。
(「姉ちゃん母ちゃん」で紹介しています)

長くなりますので、この後は次回「鶴の一声、2章」に続きます。


ウグイス
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大きな口です、ホーホケキョが聞こえてきそう!
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ヤマモモとスズメ(少し前の写真です)
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2017/08/17 Thu. 00:05 | trackback: -- | comment: 10edit

熟年者サロン 

家の近くに、週に2回、近くのお百姓さんが野菜を直売してくれるところがある。
小さな小屋が建てられていて、お昼から営業しています。

新鮮で安い!
高齢化してきた私たちは今野菜中心の食生活です。
勿論タンパク質も必要ですから、肉や魚は一品は入れるようにしていますが。

このお店は去年までは、作物をご主人が運んできて、奥さんが売っていましたが、去年ご主人がご病気で亡くなりました。
もう店じまいかと思ったのですが、奥さんは、畑は農協にお務めの息子さんが休みの日に耕運機で耕してくれるので、種を撒いて収穫するだけだから私だけでもできるよ、そう仰って、続けてくれています。

奥さんのお年は確か、80歳の少し前、体を動かしているせいか、凄く元気です。何よりも計算がすごい、そろばんなんか使いません、暗算です、速くて正確!

私も週に2回、お昼ごはんや片付けを済ますとこのお店に行くのです。

お店には野菜とは別に片側に椅子がいくつか並んでいて、熟年女性が数人坐ってお喋りしています。
ご近所の方、親しくなったお客さん、親戚の方と様々ですが、
私も毎回顔を出しているうちに、すっかりお馴染になってしまいました。

最初はお客さんが来られると邪魔にならないようにお喋りはストップしていましたが、
わたしが入って行ったぐらいでは、おしゃべりはストップしません。

「毎日毎日おかず作るのいややわ」
「旦那さんがいると三度三度の、ご飯の支度だけでも、この暑いのに疲れるわ」

店の奥さん、私の買ったものを袋に詰めながら、
「婿さんがおらんようになったら、栄養が偏るで」
と、忠告。
ああ、なるほどね、と思いました。

一人になったら、まず食欲がない。何を作ってもおいしいと食べてくれる人がいない、
自分のためだけにしんどい思いをしておかずを作らない、ありあわせで、なんてことになるだろう。

去年まで、しっかり旦那さんの食事の支度をしていた人の言だから、説得力がある。

なおも、熟年サロンの方々の話は続く。野球のこと相撲のこと、ドラマのこと、
私は、このサロンが続くことが、奥さんのためにはすごくいいと思っている。

たわいないことが多いが、他人と話す、これがいいらしい。
野菜作りをしているから、体は充分に動かしているだろうし。

店を開く日には、熟年サロンも開催。

買い物をを終えたら、奥さんを始め皆さんが送ってくれる。
私は一言、二言は発するが、みんなに交じっておしゃべりをしていられない。

食事の支度を筆頭に、家事がある。
ブログも散策も、散歩も撮影も、できたら読書もしたいけど、
何をするにも今までより時間がかかるし、
今はちょっと時間がない。

忙しいうちが華でしょうか!

ヨシキリ
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カワラヒワ
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モンキチョウとタンポポ
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ネジバナ
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クチナシ
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2017/08/12 Sat. 00:05 | trackback: -- | comment: 12edit

自転車に乗る! 

脊椎管狭窄,すべり症である私の自家用車はミニバイクである。
が、このバイクの小さな振動が脊椎にはよくないらしい。

と言っても車の免許は持っていないから、バイクに乗るか、自転車か、歩くしか移動手段がない。
夫や娘があいてるときはアッシー君を頼めるが、一人で行かなければならなかったり、一人の方が便利な場合もある。

ところが、たまに自転車に乗ることもあるが、足腰がすごく調子がいい。

我が家から散歩道まで4キロほどある。バイクならどうということはない距離なのだが、自転車ならちょっとしんどい。
我が家の自転車は幸い電動自転車であるから、まあまあ楽なのだが、乗り慣れていないから、結構疲れる。
おまけに行きは平坦な道か上り坂。行くだけで疲れて、そのあと2~4キロ歩くなんてとても無理なように思えた。

ところが行ってみて、驚いたのはほとんど疲れを覚えなかった。
上り坂はハイパワーを使ったので、平坦な道を行くがごとく楽だった。バッテリーの容量は充分あるし。

車に乗せてもらって行った時より体が軽い。だから散歩道も楽々歩けた。
よし、自転車で行こう!

こう思ったところまではよかった。
3回ぐらい通ったところで、事故が起きた。

私は一応自転車には乗れるのだが、小学生の時、自己流で覚えたものだから、
先に着く足が決まっているし、背が低いのでサドルに座ったまま止まれない。
ペダルの上に両足が乗ってるときは坐ってこいでる時だけで、足を着くときはまずペダルの上に立って、
ブレーキをかけ、右足だけで地面を踏む。そして左足を下ろす。

ところがその時は、右足がペダルに引っかかって離れなかった。
左足は下せない!
少しの間ならスタンディングはできたはずなのに、
びっくりして固まってしまったようで、それさえもせず右側にこけてしまった。
場所は散歩道の入り口の駐車場。

先に駐車場に入っていた人に助けてもらったが、足が痛くて歩けない。
次に駐車場に入る車の前には、私の荷物が2個ほど転んでいるから立ち往生。
助けてもらった人に荷物まで拾ってもらってお世話になった。

ズボンを見れば右膝が破れている。
下を覗けば、皮がむけて血が!
「痛い!」
血を見てよけい痛みを感じるタイプ!

ウオーキングポールにつかまりながら、先に来ていた夫に電話するとすぐ近くにいたので、
来てくれた。
「靴の裏が引っかかったら、上に上げて外せばよかったのに」
「とっさの時にそんな気が付く人ですか!」
他人ごとみたいに言う私。
「歩けるか?」
「無理!」

自転車を車のトランクに入れようとしたが、入らない。
「押して帰るわ」
と、数歩歩いたが、足が痛くて諦めた。
他の軽い病気のせいで、足の裏の感覚が鈍くなってるので、靴を履くとペダルの位置がはっきり確認できない。
「靴を脱いで、靴下のままで漕ぐわ、家の近くの押していけそうなところまで帰ったら、靴を履いて押すわ」
ということで、靴下のまま乗るとはっきりペダルの位置が確認できるので何とか乗れた。

夫は後ろからゆるゆると車でついてきてくれる。
もし今度転んだら、
私の場合は必ず右(車道側)に転ぶから、夫はそれをカバーしてくれるようだ。
手間のかかる奥方だ!!
何とか無事に家まで帰ってきた。

足の痛みが和らいできたから、今は自転車に乗る練習をしている。

バイクだとなぜ安定してるのか?ペダルをこがなくてもいいのもあるが、座ったまま両足が地面に着くからだ。
夫が自転車のサドルの留め金をひっくり返して、低くしてくれた。
何とか坐ったままでつま先が着く。
今度転ぶときは左(歩道)側に倒れるように、椅子に座って右足で漕ぎ始めて左足をペダルに乗せる。
この練習を始めた。
足が着くといっても、やっとであるからかなり不安定。

最初に右足からこぎ始めた時は又転ぶと思ったくらい不安定だった。
2日目、3日目と、少しずつ安定しだした。
次は家からちょっと離れた道まで、遠征するか!

この年で初めてというか、身についた癖を打ち破ることは難しい。

何よりも運動神経ゼロ+高齢者だから仕方ないか。

習うより慣れろ!
100歳になっても体は鍛えられる!

どっかで聞いたような言葉を、頭の中で、呪文のようにつぶやいている。



睡蓮
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合歓
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アベリア
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コゲラ
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スズメ
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2017/08/08 Tue. 00:05 | trackback: -- | comment: 14edit

1キロ足らずを歩いただけなのに 

思いがけず1キロ足らずの道を、夫と歩かなければならなくなった。
1キロ足らずじゃない?!
私はそう口にした。

ほとんど毎日3キロ前後の散歩道を歩いている私たちである。
しかも、夫は重さ3キロ足らず、私は2キロ足らずの望遠レンズ付きのカメラをぶら下げて。

持っているのは私は日傘と、小さなバックのみ。
夫も小さな手提げかばんだけ。

夫は呼吸器機能障害者だから、まず夫の体を思って、
いける、いけるとそう思った。
急ぐわけじゃないから、休み休み行けばいいとも。

だが歩く道は、いつもの濃い緑とさわやかな風を感じる散歩道ではなかった。

歩道の横は、目に見えない埃を巻き上げて走り抜ける車が次から次へとやってくる。
顔をそらせば、家々のコンクリート塀が形を変えて続いている。
空を仰げば、夏の空から熱気を含んだ空気が下りてきて巻き付くようだ。

わずかな救いは、歩道の道路側に植えられた街路樹が、小さな影をポツンポツンと落としている。

歩き出してもう一つ大事なことを思い出した。
歩くときには必ず持っているウォーキングポールがないことを。

二本の足だけで体重を支えて歩かなければならないのだ。
ええっ!と一瞬思ったが、
荷物を持ってるわけじゃないしと、よい方に解釈した。

歩き出して、思ったこと、
体が重い!

だが待てよ、去年の11月、弟の家の結婚式に新幹線を使って静岡まで行ったな。
荷物もあったし、階段もあった。持って行ったのは一本の杖だけだった。

それでも難もなく無事に辿りついて、帰った来た。

この違いは何だ。半年ちょっとで、こんなに足が弱ったのか?!
体重の半分を二本のポールが支えていたような。

そう、足が弱っていたのです。そして暑さが加味された。

夫が休憩に立ち止まるより前に私が、木陰にしゃがみ込む。
「だいじょうぶか?」
いつもと逆。
「足が痛い、体が重い」
「荷物持ったろか?」
「荷物ったって、ハンカチと、財布だけやし。重いほどお金が入ってるわけじゃなし」
「まあ、そうやなあ」
この辺はお互いに納得。

体重も軽くはありませんが、二十歳前の体重に戻しています。小太り程度。

ごちゃごちゃぼやきながら何度も休憩して、
やっと、1キロ足らずの道を歩き終えました。

反省!
まず第一に 歩くときウォーキングポールに頼り過ぎ。
        足を鍛えること!これが課題!

そう言えば、腕の力はついているなあ。
洗い終えた洗濯物を入れたかごを片手で持って、階段に取り付けてくれた手すりにつかまりながら
二階のベランダに行く。

手すりにお世話になっていなかったときはその洗濯物が重くてしょうがなかったのに。
今は洗濯物と体重を腕一本に頼っている。

足を鍛えること!

これからの課題!ガンバ!!!

メジロ
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オオミスジ
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セグロセキレイ
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スズメ
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クチナシ
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2017/08/04 Fri. 00:05 | trackback: -- | comment: 12edit

茶道教室 

申し込みした自治体主催の講座の最後、「茶道教室」

自分でもがらじゃないと思いますが、知らない、将来的にも無縁の世界となるとちょっと覗いてみたい気もして、
申し込みました。
生徒は5人。
先生と言うより、茶道クラブの先輩の方々みたいな感じでした。

茶道クラブの会員が少なくなってきたから、講座終了したら是非クラブ員として残ってください、と言うことでした。
実は私はその辺を何も考えずに申し込みしたのですが、初日、講座に向かいながらあることに気づきました。

茶道って正坐じゃない!?

しまった!と思いました。私は脊椎の関係で、正坐が弱いのです。だから普段は正坐することは仏壇の前に座るときぐらいです。
まぁ仕方がない。行ってダメだったら、辞めればいいと。
最初から気づきそうなものなのに、この辺が私らしい。

着くまではどんよりと重た~い気分ですが、行ってみれば楽しかった。
一緒に受けた講座生も、先輩の方々も気さくで。

最初の自己紹介の時に私が足の話をすると、

「大丈夫!」

と、文明の利器!と言えるかどうか、法事などの時には必ずお目にかかる、腰の下に敷いて体重の負荷を緩和する、例のものを用意してくれていました。
最近の住宅はほとんどイスとテーブルで、正坐することは少ないようです。

で、何とか講座は受けられるようになりました。

表千家ということで。

抹茶ももちろんおいしかったけれど、先に頂く和菓子の美味しかったこと。
これが目的で来られたという方もいました。
私もその方に近いですが。

お茶の心は、おもてなしと、周りにいる方への心配りの道のように思いました。
私には一番縁のないというか、学ばねばならない道でした。

受けてよかったです。
出かけるときはちょっと気分が重いのですが、帰ってくるときはルンルンでした。

最初から最後まで、先輩がつきっきりで教えてくれましたが、一人でとなると無理ですね。
ただ、抹茶と茶筅だけあればお茶は立てられます。

また飲みたくなれば、立ててみましょう!

いい経験でした。



ネジバナ
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黄蝶
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ヨシキリ
とても大きな声で賑やかに鳴きます
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あれま、凄い声!
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2017/07/31 Mon. 00:00 | trackback: -- | comment: 10edit