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千のブログ

    気まぐれな写真と気ままな想いを 日々の徒然に書きたいと思います

梅林 パートⅡ 

まだ寒さは残るものの、暖かい日も巡ってきています。
春もそこまで、という頃になりました。

散歩道の桜のつぼみも膨らんできています。
開花が待たれます。

桜の頃は、いつもは人もまばらな道も、人、人で狭い道は一方通行になってしまいます。
私の散歩道は、この2月、一部木々の伐採が行われて、すっかり小鳥たちが姿を
消してしまいました。

歩きながらの、小鳥撮影ができなくなった仲間たちは、隣の市ですが、
近くの大きな公園に移動してしまいました。
私たちも出かけてみましたが、小鳥の数も種類も多いこと。
季節季節の花も多く、周囲をぐるっと回ると、結構な距離になります。

私たちは歩かなければならないのですが、小鳥たちにつかまって、
少ししか歩けない日もあります。
このままではこちらの大きな公園に、散歩道が移ってしまいそうです。

とりあえず、さくらの季節が終わり、人込みが解消されるまでは、梅林のある公園か、
隣の市の大きな公園めぐりが日課になりそうです。


梅林、パートⅡです。

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2017/03/21 Tue. 00:00 | trackback: -- | comment: 2edit

梅林 

家から車で30分ほどで、この辺りではよく知られている梅林がある。
特にしだれ梅はそれは見事で、盛りの頃はうっとりとしてしまう。

辺りに、人家などはあまりありません。造成中の土地にダンプなどが行き来しています。
広々とした感じも好ましいです。

梅林ばかりではなく、季節にはそれぞれの花が見事に咲き誇る。
梅の後は桜、ポピー、ラベンダー、ヒマワリ、チュウリップや薔薇などが次々と咲き、
年中花で彩られている。

特に梅は大好きで、この季節3度ほどは毎年訪れている。
梅にメジロもやってきます。
メジロの写真は、次々回くらいで見ていただきたいと思います。
今回と次回は梅をご覧ください。


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2017/03/16 Thu. 22:54 | trackback: -- | comment: 6edit

跡継ぎ 

時代小説を書くに至って、よく耳にする「部屋住み」という言葉を調べてみました。

「部屋住み」とは嫡男の家督を相続するまでの身分、なのですが、
江戸時代は、個人より「家」に重きを置いています。
家を継ぐ、家を潰すなど物事も家を第一に考えました。

家は普通嫡男が跡を継ぐのですが、現代のように生まれた子どものほとんどが育つという時代ではなく、
子どもの生存率は50%と言われていました。
だから、家の存続のために、次男三男が必要だったわけです。
この次男三男の身分も「部屋住み」でした。

嫡男が丈夫で、特に愚鈍でなければ、次男三男は不要になるのです。

武家の家では、普通次男三男に嫁を迎えることはありませんでした。
これは〔家督争い」を防ぐためでもあったわけです。

また、武家の家でも、子どもに恵まれない家、女子ばかりの家もあったわけで、
養子に行ったり、婿に行ったりして、次男三男は部屋住みの身分を脱する人もいました。
それがなければ一生部屋住みの身分で、兄の厄介者として、家来のように一生を終えることになるのです。

この家を継ぐということは、時代小説の中ばかりでもなく、又武士の家だけでもはありません。
現代まで引き継がれているようですが、少しずつ諸事情により薄れてきているように思います。

私は小さい頃、病弱な母が弟を生んだのち、弟が動き回るようになると、追っかけまわす世話が
病弱な体ではできそうにないと父と話しているのを聞いてしまいました。
母の話によると私はそのとき5歳だったのですが、だいぶおませだったようで、
自分から弟の世話を買って出ました。
弟は可愛かったし、病弱の母に負担をかけたくなかったし、幼稚園にも行って
なったので時間はたっぷりありましたから。

後になって思ったのですが、そんな病弱な母はなんでもう一人と、子どもを産んだのだろうと。
後の話から推測すると、できてしまったのではなくて、どうしても必要だったらしいのです。

兄弟は、兄、姉、私、弟の4人でしたが、
兄が生まれた時は跡継ぎができたとそれは喜んでお祝いをしたそうです。
で、もう一人男の子を、と望んだのですが、姉が生まれました。
「女の子も一人は要る」ということでお祝いをし、三番目に男の子を望みました。

ところが私だったわけで、病弱な母はもう一人男の子を生まなければならなかったのです。

私は子供心に、弟に、
「もし私が男の子だったら、あんたは生まれてなかったよ」
なんて意地悪なことを言っていたように思います。多分周りの大人の話を聞きかじったせいです。

弟にとって、なんと可愛そうな言葉ではないですか、でも私は弟をそれは可愛がったそうなので、
その辺は許してもらえるだろうと。

なんでそこまで男の子を望んだかと。
家を継ぐことにあったのです。
家の存続が第一なのですが、そして人は老いるのです。
老いた後は長老として家の跡継ぎがその一生を看取ることも役目の一つであったように思います。

ところが、最近は家を継ぐ、家を守るという感覚が薄れてきていませんか。
色々原因はあると思いますが、良かったのか、悪かったのかわかりません。
年金なるものもできて、親は子供と同居しなくても体が動くうちは親だけで生きていけるようになりました。
孤独死もよく耳にします。

そして女性の社会進出です。
家を守ってゆくのが女の務めという感覚が薄れつつあります。

この時代の流れ、日本はどう変わってゆくのでしょう。
女性が男性と等しく社会に出て生きてゆくのは頼もしくもあり、寂しくも感じるこの頃です。


ルリビタキ メス
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ヤマガラ
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アオゲラ
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ジョウビタキ メス
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コゲラ オス
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イソヒヨドリ ♂
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2017/03/09 Thu. 00:05 | trackback: -- | comment: 8edit

 

自分の顔はよく見るけど、美人でなくてもいいから、いい顔になりたい。

年を取ってくると、しわもシミもどんどん増えていって、正直見たくない。

家族となるとどうだろう。
心が通じる顔でいたい、そう思うけど。

夫は冗談ぽく「俺はイケメンだ」的なことを言う。
私は「はいはい」。
「はいは、一回!2回言うと否定だ」
「だって、毎日顔を拝ませていただいて、向かい合ってご飯も食べてきたけど、
男前の顔を見せて貰ったことがない」のだから。

「姉の友達も兄嫁の姉さんも言うてはったやろ」と、夫。
そう言えばそんなことを言うてくれていたなあと、思い当たる。

で、いつだったかずっと若い頃、夫と並んで歩いていた時、
前から来た女性が夫の顔を見ている。
んっ!夫はどんな顔をして歩いているんやろう!?
そう思って前に回って顔を見た!

違う!家で見ている顔と違う!

これならイケメンと言われても、否定はできないかも。
なんで?!

家に帰って、夫に抗議。
「なんで顔が変わるねん!家の中の顔と違うやんか!」
「知らんよ!」
「家に帰ると、普段着に着替えるみたいに顔も変わるんや。
ちょっとぐらい、家でも余所行きの顔をしてくれへん」
「そんなん、別に気にしてないから、わからんし」

なんて会話が何回かあった。
で、最近も、

「こんなことがあるんや、私も外では余所行きの顔になっているやろうか?」
「俺は前に回って君の顔を見る勇気がない!」

「勇気?!なんで私の顔を見るのに勇気がいるん!」
「いや、あの、その……」
返事できない夫。
言いたいセリフはわかっている。

「今晩のごはんなし!」
「なんで兵糧攻めになるねん、かなわんなあ」

お金もかかりません。
どこかへ出かける必要もありません。
思いっきり、声を出せるからストレス解消!

こんなアホなこと言うて、時間潰してるの、私らぁだけやろうな。
今の私らを見たら、ただの爺様とばあ様が何を今更という感じやけど。


メジロがたくさん飛んでいます。
色も顔もかわいい!
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雨上り
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2017/03/01 Wed. 00:05 | trackback: -- | comment: 8edit

用心棒 

父と私は映画好きだ。
特に時代劇が好き。

テレビのない時代は映画館で、テレビの登場で、時代劇番組はほとんど見ていたように思う。
20歳ぐらいの時、「オールナイト」と言ったと思う、夜遅くまで映画館が
興行していた。
それに見たい時代劇があった。

昭和40年前半の夜遅くと言えば、今と違って危ない人たちが多かった。

現代はというと、数年前に電車の最終便を見て驚いた。
朝のラッシュのように、すし詰めの人が電車の吊革にぶら下がって揺れに任せて踏切を通過していったから。

私が若い頃、残業で最終便に乗ったことがある。
ガラガラの車内に座っている人は、残業に疲れ果てて居眠りをしている中年。
酔っぱらい、危なそうな小父さんたちで、女性はいなかった。

やばいと思って体を小さくして、誰からも声をかけられないうちに早く駅に着くことを願っていた。

だから、若いときの夜の外出はためらわれた。でもオールナイトの映画は見たい。

そこで思いついたのが用心棒。
時代劇大好きな父親を誘った。
働いていた私は生意気にも、
「お父さん映画に行こう、私がおごるから」
と言って。
父親はすぐにオッケーした。

多分映画を見たいより、私のことが心配だっただろうと、今ならわかる。
それと、我が家の女性、母と姉は父が煙たいみたいだった。
父の話は飛ぶ。ついて行くのが大変だ。でも私と父は思考パターンが似ている。
話がなんでここからそっちに飛んだのか、わかるし、飛んだキーになる言葉もわかった。
この言葉が出てきたから、こっちに話が飛んだんだと。

父は話をしながら晩酌をした。だから時間が長い、母は疲れているから早く片付けて寝たいのだ、それがあるから
受け応えが雑になって父が不機嫌になる。
母が可哀想だし、父の話は結構面白いから、私が間に入る。

母は片付けをしながら、翌日の支度などをしている。
父は昔の話、子供の頃のこと、若い頃や戦争のことなども話してくれた。話が飛んでもついていける。
で、自然に父は私に甘くなる。

だからこんな映画館への用心棒など、頼みやすいのだ。

考えてみればこんな頼もしい用心棒はいない。体力の無いボーイフレンドなんかはとてもじゃないけど
役に立たない。危ない人たちが出てきたら、彼女を置き去りに逃げかねない。
刃向ってくれても多分勝てない。

でも父親は違う。絶対娘を置いて逃げたりはしない。
だから危ない人たちも、父親が連れている娘には手を出さない、とそう思う。

父は病気の父(私の祖父)の代わりに5歳から祖父の漁仲間の船に乗って太平洋に漁に出た。
生活が成り立たない父の一家を思いやって、祖父の仲間がそうしてくれたのだと思う。
8歳ぐらいの時には一人前の海の男になっていたという。腕っぷしが強かった。
喧嘩も相撲も強かった。戦争も2年ほど危ない第一線にいたという。
度胸もある。

こんな父と一緒に、私は夜の繁華街に出た。
一人では見ることができない、ネオンの華やかな夜の街風景だった。

こんな父は、私の大阪行を、止めてくれた。
実家に留まっていた方がよかったかどうかはわからない、どちらか一方しか生きられないから。
父は16年前に旅立った。
父のためには近くにいてやった方がよかったと、今思う。


ジョウビタキ メス
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アオジ
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シロハラ
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ヤマガラ
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ルリビタキ メス
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モズ
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2017/02/19 Sun. 16:28 | trackback: -- | comment: 10edit